第23話 * vs一途&妄想・華
僕を好きだといってくれた少女たちの殺し合い。その二周目で胡蝶を最後の一人にしたコピー能力〈一途〉を持つ天使・ガーベラと、一周目で胡蝶を仕留めた無から有を創り出す能力〈妄想〉を持つカンナと戦うにあたり、カンナはゲームで決めるという提案をした。
カンナ曰く、〈
ルールは以下の通り。
1.2オン2のチーム戦。各チーム、役割を決める。コマンドを指示する
2.コマンドの種類は三種類。武器で攻撃する〈剣〉、防御や回避の〈盾〉、異能を用いた必殺技〈翼〉。〈
3.コマンドに従った場合は等倍、コマンドを無視した場合は十倍で計算される。互いにコマンドを無視した場合は相性込みで最大二〇〇倍となる。
4.制限時間は
5.僕と楓は何度でも挑戦できるが、カンナとガーベラは一度負ければ負けとなる。
6.
7.指定されたテーブルの上にカードを置き〈
8.ゲームの仕様を除き、
9.〈
――自分の意思に従うか、仲間の意思に従うか。誰を信じるか、か。
戦いはすでに始まっている。
カンナは何を考えている?
「ひとつだけ苦手なことがあるんです」
僕らも向かい合っていた。三枚のカードの――黒地の中央に金色の玉が一個、その周囲に銀色の小さな玉が十二個描かれている――裏側を見せつつ、思索に耽る。新月のような瞳はカードではなく僕を見ていた。口元が隠されていると表情を掴み切れない。
そのくせ新月に心の内を見透かされてしまうような気がして、僕は自分のカードに目をそらす。
「他人の顔色を気にするの、苦手だよな」
三枚のカードも色分けされていた。〈剣〉は赤く、〈盾〉は青く、〈翼〉は緑の背景。中央にでかでかとモチーフが描かれている。
「ええ、ですからどうしても確信できなくて」
カンナは扇状に広げたカードを弄ぶ。
「天使が与えるチカラは、それぞれの愛の形によると聞きました。そして、センパイは凄く顔色が悪いです。今にも死んじゃいそうですし。だからセンパイの能力は自己犠牲……いえ、誰も傷つけず、自分が傷つき続ける能力だと読みました」
口元が覗く。
新月はお揃いの右手を見ていた。
「こんなところで死なないでくださいね」
倉石カンナは不敵に笑う。
「ああ、死なないし、死なせない。だから安心して負けてくれ」
残り秒数が3になったとき、僕はカードを伏せた。
「負けないですし、絶対」
残り時間、2。
カンナもカードを伏せた。
残り秒数、1。
僕らは唱える。
「〈
勝負の行方は
――このゲームには必勝法がある。
正確には適当にやっても負けない方法、というべきか。
ダメージが発生するのは〈剣〉と〈翼〉。必殺技というからには〈翼〉は警戒するべきだが、相性は〈剣〉有利。〈剣〉を選び続ければ、一方的な試合にはならない。
だから僕は初手〈剣〉を選んだ。本当は後出ししたかったけど、恐らくカンナも僕より先に出す気はなかったのだろう。様子見、という意味でも〈剣〉で間違いないはずだ。あとは本当に楓次第。
僕らの宣言を皮切りにスクリーンにも動きがあった。
楓は制服のリボンを外し、脇差サイズの木刀を作り出していた。見た目は木刀だが、色はリボンの赤さを残している。実際に木よりも丈夫な素材に整形しているのだろう。一つ、木刀を整形しての攻撃。これは楓の〈剣〉だ。コマンド一致。
「蒼斗センパイ、〈剣〉を選んだんですか?」
「カンナこそ。何もしない、なんてコマンドはなかっただろ?」
「私が〈剣〉を選んだっていったら、蒼斗センパイは信じてくれるんですか?」
「……信じるよ。嘘だったとしても、勝負を決めるのは楓とガーベラだ」
「じゃあ、七海センパイは蒼斗センパイに従ったわけですね?」
「そうだよ。でも気づくはずだ。どうすれば負けないのか、くらいは」
「いえ、私の勝ちです」
ガーベラの手にも同じように木刀が二本、握られていた。何かを整形したわけではなく、無から有を作り出した。〈整形〉は理解できずとも〈妄想〉は理解できたということだろう。
ガーベラと楓の攻撃が交差する。どちらも守りに入らない。脇差は防御や牽制に使われず、長刀の攻撃に続いて攻撃する手段としか考えていないらしい。
〈剣〉と〈剣〉、攻めと攻め。噛み合わずに通った攻撃はどちらも一回につき一ずつダメージが入っている。
コマンド一致同士、等倍の攻撃が繰り返された。はずだった。
楓、残り99。
ガーベラ、残り115。
ダメージがフィードバックする。
内側から溢れ続けていた熱が勢いを上げた。口の中に溢れ出した血を袖で拭う。
「……っ」
カンナがカードを両手に持ち替えた。右手を庇っているようにも見える。包帯が傷み、解けていた。ツインテールの右側も解ける。背の高い椅子に座るカンナは足すら床に付いていないのに、解けた髪は床の上をなぞっていた。
すでに30秒は始まっている。
「まさか、これが本当に平等なルールだとでも思っていたんですか?」
「90秒前まではね」
それだけではない。
それ以上に――
「強キャラ環境っていうのはどのゲームも一緒ですし。弱キャラは、いつそれに気づきますかねえ?」
負けない方法では人間と天使の差は覆せない。
「いまさらですけど、イカサマのチェックとかしなくて良かったんですか? こっちが用意したものなんて疑って当然ですし?」
「いらないね。だってお前、チート嫌いじゃん」
「まあ、天狗になってるチーターの鼻を実力で叩き折る方が楽しいですし」
そういってカンナは三枚のカードをシャッフルし始めた。こちらに見せたカードを横にスライドさせ、奥のカードがこちら側に移る。三枚のカードが一つの山札に見える。
残り10秒。
カンナがカードを伏せた。
「決めましたか、センパイ?」
残り秒数、8。
相性をじゃんけんに例えたときに叩いた場所、スラックスの太もも辺りが一度、ぐいっと力強く引っ張られた。
どうやらカンナは〈盾〉を伏せたらしい。楓は恐らく、僕の指示を信じる。
残り秒数、7。
〈翼〉を伏せる。
「ああ、〈
残り四秒。
「じゃ、私も」
カンナは、伏せたカードを一枚、引き抜いた。
「〈
「なっ……?!」
カンナは、カードを二枚重ねて伏せていた。下側にあったカード――〈盾〉――を引き抜き、上に重ねてあったカードを残したのだ。
結ばれたままの髪を重たがっているかのように、カンナが首を傾げる。
「あれあれあれ? どうしました、センパイ。直前でカードを変えられると困るんですか? 私、まだ宣言する前でしたし。問題ないですよね?」
問題ない。
そう答えるのが悔しくてスクリーンを見る。
「……っ」
楓は威風堂々、構えていた。両手がだらりとぶら下がり、木刀は揺れている。だが、特筆すべきはそこではない。
背後に秋の山並みを映したような天使がいる。不存在の天使。空気か木刀にそういう性質を与えたのだろうか。両手には背丈より巨大な刀が握られていた。
コマンド一致の〈翼〉。
ガーベラは両手を前に出し、一対の翼を出現させた。見紛うことのない天使。翼で自らの手を隠し、半身になって腰を落とした。きっと拳を握っている。
〈剣〉にも見える。
〈盾〉にも見える。
〈翼〉にも見える。
――あれは、どれだ?
楓に遣える天使が両手を真上に上げていた。楓と一緒に、不存在の刃紋を煌めかせる。ガーベラの手元があらわになる。翼を開くと同時、砲弾の如く楓の目前に迫っていた。
衝突。
木刀と拳。
楓がくの字に曲がる。
「か……はぁ……っ」
拳が腹部に食い込んでいた。
木刀は砕かれた。
ダメージ、20。
――ガーベラは不一致の〈剣〉。
楓が背後に吹っ飛ぶ。
同じ速度でガーベラが迫る。
楓は上に蹴り上げられる。
残り体力――59。
不存在の天使は消失した。
まるで、舞い落ちる紅葉のように。
楓より早くガーベラは空に至る。
二本の木刀が楓の両鎖骨を折る。
残り体力――19。
弾かれるように楓は地面に叩き付けられた。
砂埃がスクリーンを隠す。
当然、ガーベラはそれを逃さない。
砂埃が晴れるより先に、僕は敗北を知った。
楓の下腹部をガーベラの拳が貫通していた。
僕も同じ場所に穴が空いていた。
KO。
スクリーンにでかでかと映し出された文字が波打ち、楓が筐体から弾き出された。かひゅーかひゅーとぎこちない呼吸が二つ。転げ落ちるように楓に近づく。
大丈夫。今度は見ているだけじゃない。目の前で傷ついている親友を死なせやしない。死なせたくない。
「わり……オレ、ダメかもしんねぇ」
楓はにかっと笑っていた。気にするなと言わんばかりに手を伸ばしている。這いずるように、僕も楓に手を伸ばす。胴体の内臓が一つになってしまっているような気がする。首から腕にかけて、氷像に挿げ替えられてしまったようだ。大切なものが下腹部から零れ落ちていく。
「でも……オマエと心中なら、わるかねえ……」
手が届く。
血と混ぜて、吐き出す。
「〈愛する人のために、一途で誠実でカッコよくありたい〉」
楓の身体から戦いの痕跡が消失する。
僕の脳は痛みに耐えきれず、焼失する。
これで、胸を張って、胡蝶と再会できるだろうか……?
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