第23話 * vs一途&妄想・華

 僕を好きだといってくれた少女たちの殺し合い。その二周目で胡蝶を最後の一人にしたコピー能力〈一途〉を持つ天使・ガーベラと、一周目で胡蝶を仕留めた無から有を創り出す能力〈妄想〉を持つカンナと戦うにあたり、カンナはゲームで決めるという提案をした。



 カンナ曰く、〈TRUSTトラスト FIGHTファイト

 ルールは以下の通り。


 1.2オン2のチーム戦。各チーム、役割を決める。コマンドを指示する指揮者コマンダーか、コマンドを受けて戦う生存者サバイバーか。


 2.コマンドの種類は三種類。武器で攻撃する〈剣〉、防御や回避の〈盾〉、異能を用いた必殺技〈翼〉。〈グー〉は〈チョキ〉に強く、〈チョキ〉は〈パー〉に強く、〈パー〉は〈グー〉に強い。数値は二倍。


 3.コマンドに従った場合は等倍、コマンドを無視した場合は十倍で計算される。互いにコマンドを無視した場合は相性込みで最大二〇〇倍となる。


 4.制限時間は指揮者コマンダーが六〇秒、生存者サバイバーが三〇秒。六〇秒で互いの出す手を探り合い、三〇秒で互いの体力一二〇を削る。基本となる攻撃力は一。


 5.僕と楓は何度でも挑戦できるが、カンナとガーベラは一度負ければ負けとなる。


 6.生存者サバイバーのダメージは指揮者コマンダーにフィードバックされる。


 7.指定されたテーブルの上にカードを置き〈TRUSTトラスト FIGHTファイト〉と唱えたらコマンド実行。一度決定したコマンドは制限時間のあいだ変更できない。


 8.ゲームの仕様を除き、指揮者コマンダーは異能の影響を受けない。


 9.〈TRUSTトラスト FIGHTファイト〉内における生存者サバイバー同士の攻撃は〈天の七戒律、その二〉に抵触しない。

 

 ――自分の意思に従うか、仲間の意思に従うか。誰を信じるか、か。


 

 生存者サバイバーは筐体に着くなり画面に吸い込まれるように消えた。スクリーン上で格闘ゲームのキャラクターのように向かい合っている。ステージはひび割れた道路上、ローズクオーツな空の下。二人の頭上には横になった棒と120という表示、そのあいだには静止した30、その下で60が59になった。


 戦いはすでに始まっている。

 カンナは何を考えている?


「ひとつだけ苦手なことがあるんです」

 僕らも向かい合っていた。三枚のカードの――黒地の中央に金色の玉が一個、その周囲に銀色の小さな玉が十二個描かれている――裏側を見せつつ、思索に耽る。新月のような瞳はカードではなく僕を見ていた。口元が隠されていると表情を掴み切れない。


 そのくせ新月に心の内を見透かされてしまうような気がして、僕は自分のカードに目をそらす。

「他人の顔色を気にするの、苦手だよな」

 三枚のカードも色分けされていた。〈剣〉は赤く、〈盾〉は青く、〈翼〉は緑の背景。中央にでかでかとモチーフが描かれている。


「ええ、ですからどうしても確信できなくて」

 カンナは扇状に広げたカードを弄ぶ。

「天使が与えるチカラは、それぞれの愛の形によると聞きました。そして、センパイは凄く顔色が悪いです。今にも死んじゃいそうですし。だからセンパイの能力は自己犠牲……いえ、誰も傷つけず、自分が傷つき続ける能力だと読みました」

 口元が覗く。

 新月はお揃いの右手を見ていた。

「こんなところで死なないでくださいね」

 倉石カンナは不敵に笑う。


「ああ、死なないし、死なせない。だから安心して負けてくれ」

 残り秒数が3になったとき、僕はカードを伏せた。

「負けないですし、絶対」

 残り時間、2。

 カンナもカードを伏せた。


 残り秒数、1。

 僕らは唱える。


「〈TRUSTトラスト FIGHTファイト〉」

 勝負の行方は生存者サバイバーに委ねられた。

 

 ――このゲームには必勝法がある。

 正確には適当にやっても負けない方法、というべきか。


 ダメージが発生するのは〈剣〉と〈翼〉。必殺技というからには〈翼〉は警戒するべきだが、相性は〈剣〉有利。〈剣〉を選び続ければ、一方的な試合にはならない。


 だから僕は初手〈剣〉を選んだ。本当は後出ししたかったけど、恐らくカンナも僕より先に出す気はなかったのだろう。様子見、という意味でも〈剣〉で間違いないはずだ。あとは本当に楓次第。


 僕らの宣言を皮切りにスクリーンにも動きがあった。

 楓は制服のリボンを外し、脇差サイズの木刀を作り出していた。見た目は木刀だが、色はリボンの赤さを残している。実際に木よりも丈夫な素材に整形しているのだろう。一つ、木刀を整形しての攻撃。これは楓の〈剣〉だ。コマンド一致。


「蒼斗センパイ、〈剣〉を選んだんですか?」

「カンナこそ。何もしない、なんてコマンドはなかっただろ?」


「私が〈剣〉を選んだっていったら、蒼斗センパイは信じてくれるんですか?」

「……信じるよ。嘘だったとしても、勝負を決めるのは楓とガーベラだ」


「じゃあ、七海センパイは蒼斗センパイに従ったわけですね?」

「そうだよ。でも気づくはずだ。どうすれば負けないのか、くらいは」


「いえ、私の勝ちです」


 ガーベラの手にも同じように木刀が二本、握られていた。何かを整形したわけではなく、無から有を作り出した。〈整形〉は理解できずとも〈妄想〉は理解できたということだろう。

 ガーベラと楓の攻撃が交差する。どちらも守りに入らない。脇差は防御や牽制に使われず、長刀の攻撃に続いて攻撃する手段としか考えていないらしい。

〈剣〉と〈剣〉、攻めと攻め。噛み合わずに通った攻撃はどちらも一回につき一ずつダメージが入っている。

 

 コマンド一致同士、等倍の攻撃が繰り返された。はずだった。


 楓、残り99。

 ガーベラ、残り115。


 ダメージがフィードバックする。

 内側から溢れ続けていた熱が勢いを上げた。口の中に溢れ出した血を袖で拭う。


「……っ」

 カンナがカードを両手に持ち替えた。右手を庇っているようにも見える。包帯が傷み、解けていた。ツインテールの右側も解ける。背の高い椅子に座るカンナは足すら床に付いていないのに、解けた髪は床の上をなぞっていた。


 すでに30秒は始まっている。


「まさか、これが本当に平等なルールだとでも思っていたんですか?」

「90秒前まではね」


 指揮者コマンダー生存者サバイバー、どちらの戦いにおいても僕らは先手を取った。カンナは格闘ゲームというよりはコマンドバトルと評したが、待っている方が対処しやすいというのはどちらかといえば格闘ゲームの性質だ。


 それだけではない。

 それ以上に――


「強キャラ環境っていうのはどのゲームも一緒ですし。弱キャラは、いつそれに気づきますかねえ?」

 負けない方法では人間と天使の差は覆せない。

 

「いまさらですけど、イカサマのチェックとかしなくて良かったんですか? こっちが用意したものなんて疑って当然ですし?」

「いらないね。だってお前、チート嫌いじゃん」

「まあ、天狗になってるチーターの鼻を実力で叩き折る方が楽しいですし」


 そういってカンナは三枚のカードをシャッフルし始めた。こちらに見せたカードを横にスライドさせ、奥のカードがこちら側に移る。三枚のカードが一つの山札に見える。


 残り10秒。

 カンナがカードを伏せた。


「決めましたか、センパイ?」


 残り秒数、8。

 相性をじゃんけんに例えたときに叩いた場所、スラックスの太もも辺りが、ぐいっと力強く引っ張られた。

 どうやらカンナは〈盾〉を伏せたらしい。楓は恐らく、僕の指示を信じる。


 残り秒数、7。

〈翼〉を伏せる。


「ああ、〈TRUSTトラスト FIGHTファイト〉」

 残り四秒。


「じゃ、私も」

 カンナは、伏せたカードを

「〈TRUSTトラスト FIGHTファイト〉」


「なっ……?!」

 カンナは、カードを二枚重ねて伏せていた。下側にあったカード――〈盾〉――を引き抜き、上に重ねてあったカードを残したのだ。


 結ばれたままの髪を重たがっているかのように、カンナが首を傾げる。

「あれあれあれ? どうしました、センパイ。直前でカードを変えられると困るんですか? 私、まだ宣言する前でしたし。問題ないですよね?」


 問題ない。

 そう答えるのが悔しくてスクリーンを見る。

「……っ」


 楓は威風堂々、構えていた。両手がだらりとぶら下がり、木刀は揺れている。だが、特筆すべきはそこではない。

 背後に秋の山並みを映したような天使がいる。不存在の天使。空気か木刀にそういう性質を与えたのだろうか。両手には背丈より巨大な刀が握られていた。

 コマンド一致の〈翼〉。


 ガーベラは両手を前に出し、一対の翼を出現させた。見紛うことのない天使。翼で自らの手を隠し、半身になって腰を落とした。きっと拳を握っている。


〈剣〉にも見える。

〈盾〉にも見える。

〈翼〉にも見える。

 ――あれは、どれだ?


 楓に遣える天使が両手を真上に上げていた。楓と一緒に、不存在の刃紋を煌めかせる。ガーベラの手元があらわになる。翼を開くと同時、砲弾の如く楓の目前に迫っていた。


 衝突。

 木刀と拳。

 楓がくの字に曲がる。


「か……はぁ……っ」


 拳が腹部に食い込んでいた。

 木刀は砕かれた。

 ダメージ、20。


 ――ガーベラは不一致の〈剣〉。

 楓が背後に吹っ飛ぶ。

 

 同じ速度でガーベラが迫る。

 楓は上に蹴り上げられる。

 残り体力――59。

 不存在の天使は消失した。

 まるで、舞い落ちる紅葉のように。


 楓より早くガーベラは空に至る。

 二本の木刀が楓の両鎖骨を折る。

 残り体力――19。

 弾かれるように楓は地面に叩き付けられた。

 砂埃がスクリーンを隠す。


 当然、ガーベラはそれを逃さない。

 砂埃が晴れるより先に、僕は敗北を知った。


 楓の下腹部をガーベラの拳が貫通していた。

 僕も同じ場所に穴が空いていた。


 KO。

 

 スクリーンにでかでかと映し出された文字が波打ち、楓が筐体から弾き出された。かひゅーかひゅーとぎこちない呼吸が二つ。転げ落ちるように楓に近づく。

 大丈夫。今度は見ているだけじゃない。目の前で傷ついている親友を死なせやしない。死なせたくない。


「わり……オレ、ダメかもしんねぇ」

 楓はにかっと笑っていた。気にするなと言わんばかりに手を伸ばしている。這いずるように、僕も楓に手を伸ばす。胴体の内臓が一つになってしまっているような気がする。首から腕にかけて、氷像に挿げ替えられてしまったようだ。大切なものが下腹部から零れ落ちていく。

「でも……オマエと心中なら、わるかねえ……」


 手が届く。

 血と混ぜて、吐き出す。


「〈愛する人のために、一途で誠実でカッコよくありたい〉」


 楓の身体から戦いの痕跡が消失する。

 僕の脳は痛みに耐えきれず、焼失する。


 これで、胸を張って、胡蝶と再会できるだろうか……?

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