第434話 先輩と不安






「寝ちゃったか……」


僕とりっちゃんさんが作業をしていると、りっちゃんさんの隣で陽菜が机に頭を乗せてぐっすり眠っていた。聞くなら、今しかないと思った。余計なお世話かもしれないけど、りっちゃんさんが抱えてることを知りたかった。少しでも力になれることがあれば何かしたかった。僕なんて、春香とまゆとゆいちゃんがいないと、まともに何もできないのに、何かできるかも。と幻想を抱いて、りっちゃんさんに尋ねた。


「陽菜、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ。ほら、見て、こんなに幸せそうな表情で寝てるんだよ」


なんて表したらいいのかわからないくらい複雑な表情でりっちゃんさんは眠っている陽菜の頭を優しくなでながら僕に言う。


「大丈夫なら、なんで、りっちゃんさんはそんな表情するんですか……」

「………さっきはありがとう。助かったよ。陽菜に、あんな顔見せられないからさ」

「僕が余計なこと聞いたのが悪かったので気にしないでください」


さっきがいつのことかはすぐに理解できた。りっちゃんさんにも、自覚があった。ならば、やはり、ああなった理由があるはずだ。


「陽菜には絶対言えないけどさ、私…知ってるの。最近、陽菜の調子がおかしいこと……私が陽菜に大丈夫?って聞いたら、たぶん、この子は強がって大丈夫。って言うと思う。大丈夫だから、側にいさせてください。って、きっと無理すると思う」


陽菜なら、りっちゃんさんの言った通りにするだろうと思ったし、陽菜の気持ちも理解できる。好きな人に、自分の弱いところは見せたくないから。好きな人には自分の強いところを見てほしいから。僕や陽菜だけでなく、りっちゃんさんもそうだろう。だから、さっき、あの表情を見られなくてホッとしていたのだろう。自分が、悩んでることを知られたくなかったから……


「最近ね。陽菜、咳き込む回数増えたし、たまにフラフラしてるし、明らかに食べる量減って、前より細くなって…鼻血とかそう言うのも増えて…本当に、少しずつ弱っていってる気がして…大丈夫かな。ってずっと不安なの。陽菜がね。少しでもごはんちゃんと食べれるように食べやすいもの作ったり、陽菜の好きなもの作ったりしてるんだけど…陽菜、喜んでくれるんだけどあまり食べてくれなくて…」


りっちゃんさんに言われて、りっちゃんさんの隣で眠る陽菜を見る。たしかに、言われてみれば、少し前よりも細くなった気がする。


「最近、陽菜を見てると怖いの……本当に、いつか突然いなくなっちゃうんじゃないかって……」


本当に不安そうに涙を浮かべるりっちゃんさんに僕は何も言えなかった。大丈夫ですよ。なんて、軽々しく言えなかった。


「………ごめん。ちょっと取り乱しちゃった。作業、続けよう」

「こちらこそ、すみません……」


そう言ってからはお互い黙々と作業を進めた。空気が重い。そう感じる。余計なことを聞いてしまった。


「陽菜さ、本当に幸せそうな表情で寝るんだよね」


作業をしながら、りっちゃんさんは幸せそうに眠る陽菜を優しく見つめながら呟く。


「いつかさ、このまま動かなくなったらどうしようとか考えてる私は…バカなのかな……」

「それだけ…りっちゃんさんが陽菜を大切にしてるってことだと思います……」


こんなに弱気なりっちゃんさんは初めて見た。そう思うくらい、りっちゃんさんは弱っている。いつも頼りになってなんでもできちゃう。と思ってしまうくらい隙のない先輩でも、ただの人間なんだ。と思ってしまう。陽菜には見せられない弱さを抱えたりっちゃんさんを、誰が救ってあげられるのだろう。と思ってしまった。


「話聞くことしかできないかもしれないですけど、僕でよかったらいつでも頼ってください。いつでも僕を使ってください」


話せば少しは楽になる。僕はそう言うタイプの人間だから、りっちゃんさんにそう言った。りっちゃんさんは僕とは違って話しても何も変わらないかもしれないけど、それでも、誰かがいた方がいいと思った。このまま、陽菜に弱いところを見せずに1人で抱え続けたらりっちゃんさんが保たないと感じたから。


「ありがと……」


弱りきった声でそう言うりっちゃんさんを見て、不安は消えてくれなかった。陽菜も心配だが、僕はそれ以上にりっちゃんさんが心配になってしまった。





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