第344話 久しぶりの練習





「りょうちゃん、そろそろ起きよ」

「うん。そうだね…」


さっきから何度も何度もこのやりとりをしたが、僕も、僕の腕を抱きしめているまゆとゆいちゃんは全く起き上がる気配を出さない。だって幸せだしずっとこうしてたいもん。


「いい加減に起きなさい。もうお昼だよ。ほら、朝ごはんがお昼ごはんになっちゃったじゃん!」


昨日の夜、じゃんけんに負けた春香は朝、早起きして朝ごはんのサンドイッチを作ってくれていたのだが、僕とまゆとゆいちゃんがなかなか起きなくて春香は先程からソファーに座って頬を膨らませている。あとで抱きしめてあげよう。


気づいたら、朝ごはんのサンドイッチの横に卵焼きとかウインナーなどが追加されていてお昼ごはんになっていた。


たしかに、そろそろ起きないとやばいため、僕とまゆとゆいちゃんは起き上がる。僕が起き上がると春香がてくてくと近づいてきて僕にギュッと抱きついてくる。かわいい。もちろん抱きしめ返すよ。かわいいもん。


4人でまた暮らし始めてから数日が経過した。あれからは特に揉めることはなく、なんだかんだで楽しい日々を過ごしている。


「あれ、今日、陽菜ちゃんおやすみなんだ」


朝ごはん兼お昼ごはんを食べ終わったまゆがスマホを見ながら呟いた。サックスパートのグループに連絡が来ていたらしい。


「そうなんだ。珍しいね」


陽菜はずっとりっちゃんさんの隣にいるイメージがあるから部活に来ないのはすごく珍しい気がする。


今日は部活の練習日で、定期演奏会の曲の最終決定と決まった曲の中から何曲か初見合奏しよう!とかいう訳の分からない企画がされている。初見合奏苦手なんだよ……


まあ、でも、久しぶりの合奏でちょっとだけわくわくしながらホールに向かう。4人でホールに入って、それぞれ自分のパートに向かう。僕は春香と一緒に先に来ていた及川さんの元に向かう。


及川さんに挨拶して楽器を取りに向かう途中、同学年の男子部員たちにゆいちゃんとまで付き合ってハーレムかよ。とか言ってめちゃくちゃ羨ましがられた。みんなかわいいから鼻が高い。まあ、いろいろ大変だけど…そのことは黙っておいた。


「ねえ、りょうちゃん」

「ん?何?」


楽器をケースから出してチューバパートが集まっていた場所に戻ると楽器を持った春香に声をかけられる。


「お風呂…」

「え?」


急にお風呂とか言われて動揺する。え?何?ん?今日一緒に入る?及川さん、背後でニヤニヤするのやめてください。


「お、お風呂がどうしたの?」

「この子、そろそろお風呂入れてあげたいんだけどアパートのお風呂に入るかな?」

「あ…そういうことね……」


僕とお風呂入りたいんじゃなくてチューバをお風呂に入れて掃除したいのね…あ、はい。………別にショックじゃないから………


「何…想像してたの?」

「べ、別に何も…」

「りょうちゃんのえっち……」


何も言い返せない。変なこと考えてごめんなさい。あと、及川さん、背後で爆笑しないでください。


「で、入ると思う?」

「うーん。きついと思う…」

「だよね…じゃあ、メンテだそうかな……でも、そうするとメンテの間吹けないし……」


チューバの数多く存在する欠点の1つ。自分で掃除しにくい。トランペットとかユーフォとかトロンボーンとか他の金管楽器はお風呂で掃除できるけど、チューバは入らん。


「メンテ出すならもう少し待ったらメンテの間、私のチューバ使っていいよ。もう少ししたら実習で1ヶ月くらいいなくなるから。それか、ピストンチューバなら2本余ってるからそっち使ってもいいし」


春香と僕はマイ楽器だが、及川さんのチューバは部活の楽器だ。部活の楽器は及川さんが使っているチューバが、僕と春香が使っているチューバと同じロータリーチューバのタイプで、残りの2本はピストンチューバなのだ。


ロータリーチューバは簡単に説明すると、たぶん、チューバって聞いてイメージできるチューバで、ピストンチューバはユーフォニアムを巨大化したような構造だ。ロータリーチューバとピストンチューバはマウスピースをつける位置が左右逆だったりして、なかなか慣れない。


「じゃあ、お借りして……え?実習!?」


春香が珍しく驚いた声を出した。


「うん。だから、しばらくパートリーダー代理よろしく」


及川さんにそう言われて春香は絶望したような表情で僕に助けを求めてくる。そんな顔しても助けてあげられません。まあ、パートリーダーになると、パートリーダー会議とかあって大変そうだよな…春香、パートリーダー会議で隅っこ暮らししてそう……大丈夫かな……


「りょうちゃん、パートリーダー代理の代理を…」

「だーめ。甘やかさないよ。僕も手伝えることは手伝うから頑張って」


涙目で助けを求める春香、可愛すぎる。でも、ここで助けたら春香のためにならない。ということを中学と高校の頃の経験から学んでいるので、今回は助けません。


「りょうちゃんのいじわる…」

「そんなこと言わないで。頑張ろう。協力できることはするからさ」

「しーらない」


あー。かわいい。ちょっと拗ねた春香めちゃくちゃかわいい。


後で及川さんに言われたが、1ヶ月程度だし特にパートリーダーとしての仕事はないだろうから気負いすぎないように。とのことだ。普通にパート練をしっかりしてくれればいいよ。と言われて、春香はちょっとだけ安心した表情をしていた。かわいい。





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