第245話 金賞





「まゆ、そろそろ集合時間だから起きて」


全ての団体の演奏が終わり、集合時間が近づいていたので僕はまゆを起こす。


「あれ、まゆ、寝ちゃってた?」

「うん。もう、全部の演奏終わっちゃったよ」

「まじかぁ…」

「疲れてたんだよね。お疲れ様、集合の時間だし移動しようか。立てる?」

「うん。寝れたからもう、元気だよ」


まゆは笑顔でそう言いながら立ち上がる。そして客席でみんなが集まっている場所に向かい、みんなでまとまって座り結果発表を待つ。団体によっては代表者だけが残って他のメンバーは会場にいない団体もあるが、僕たちは演奏順が後半だったこともあり、せっかくだから最後までいて結果発表をみんなで聞くことにしていた。


集合してからしばらくすると、いよいよ結果発表の時間、顧問の先生とあーちゃん先輩が代表者として他団体の代表者たちと舞台上に並んでいた。


そして、いよいよ、運命の時間……


コンクールの採点方法はスポーツなんかと比べるとかなり変わっている。スポーツとかだと、成績順に1位、2位、3位や、金メダル、銀メダル、銅メダルなど、渡される賞の基準が明確で、枠に限りがある。だが、吹奏楽コンクールは違う。吹奏楽コンクールは何人かの審査員から与えられた得点の合計点で争われる。ただし、金賞、銀賞、銅賞の枠数は決まっていない。吹奏楽コンクールは合計○○点以上なら金賞、○○点以上ならば銀賞、と言うような形で決められる。だから、上位大会に進める枠数=金賞の数ではない、金賞の方が上位大会に進める枠数より多い。これは、吹奏楽コンクールでは割とよくあることだ。だから、金賞を取っても素直に喜べない時がある。


「ゴールド・金賞」


顧問の先生が記念の盾を、あーちゃん先輩が賞状をいただく。金賞、その結果を受けて僕たちは喜ぶ。今まで頑張った結果、金賞をいただくことができたのだから…


上位大会に進める枠数は2席、そして金賞の団体は5つ確率は5分の2…


「上位大会への推薦団体は…」


1つ目、僕たちと違う団体名が呼ばれる。まだ、可能性はある。今まで、頑張って来た。大丈夫。絶対、大丈夫。


そう、自分に言い聞かせながらひたすらに祈った。出来ることは全部やった。全部出しきった。だから、あとは…祈るだけ。全員が祈るように目を瞑り、もう1枠の発表を待つ…


「2団体目は………」





帰りのバス、みんな、疲れていたのだろう。行きはガヤガヤしていたバスの中も今はすごく静かで、電源が落ちたようにぐっすり眠っている人がたくさんいた。帰りは僕の真横の席に座っていたまゆもぐっすり眠っていて、通路を挟んで隣に座っている春香もぐっすり眠っていた。春香の横にいるみはね先輩も爆睡だった。


行きとは違い、すごく静かなバスは、もう薄暗い中、道路を走り大学へ向かう。大学に着いたら夜なので、そのまま解散、明日、楽器の運搬を行い、その後、お疲れ様のレクリエーションや打ち上げが行われる。


「りょうちゃん、起きてる…よね?」

「うん。起きてるよ」


周りに気遣ってか、小声で話しかけてきたまゆに僕は小声で返す。


「悔しいね…」

「うん。悔しい…」


きっと、結果が違っていれば、今頃、バスの中も盛り上がっていたのではないかと思う。コンクールが終わり、一段楽した。と感じてみんな、充電が切れてしまったのだろう。


「来年、もっと頑張ろうね」

「うん。頑張ろう」


頑張ろうね。とまゆが僕に言った時、まゆは表情を隠すように窓の方を向いていた。でも、外は暗く、バスの窓ガラスにはまゆの表情がしっかり映っていた。本気で悔しがっていることがよく伝わってくる表情だった。


僕はカバンからハンカチを取り出してそっとまゆに渡す。まゆは「見なかったことにして」と言いながらハンカチを受け取り、涙を拭う。


いっそのこと、銀賞にして欲しい。金賞なのに、上位大会に進めない経験をしたことがある人ならば、味わったことのある気持ちだろう。銀賞ならば、まだまだ遠かった。と思える。でも、金賞であと少しのところまで行って、結果、ダメだとどうしても精神的にきつい。あと少しだったのに…それを、審査員公認の事実として突きつけられると、どうしても悔しさが残る。


「何でダメ金なんてあるんだろうね…」


まゆは弱々しい声で言う。泣いているのがはっきりわかるような声で……

ダメ金、上位大会に進めない金賞のことを言う吹奏楽用語のようなものだ。それの存在で、どれだけの人が傷ついたのだろう。一度上げてから落とすような行為だ。どうしても精神的にくる。でも…


「乗り越えるためだよ。この悔しさをバネに来年、もう一度挑めって、期待されてるんだよ。期待が高ければ、重荷を背負わされて当然、それを乗り越えないと、成長できない」


一度、ダメ金を味わったことがある。春香が高校3年生で僕が2年生の時、春香と、もっと演奏をしたかった。だから、ダメ金で悔しかった。その時、春香から言われた。


「まだまだ足りなかったね。私の分まで来年頑張れ」


最後のコンクールで1番悔しいはずなのに、春香は結果発表の後1番最初にそう言い、次を見ていた。だから、春香はあんなに上手いのか。と思えた。悔しさをバネにして伸びる力があるから…


僕の言葉を聞いたまゆはそうだね。そうだよね。と短く、何度も口にした。きっと、まゆはもっと上手くなる。僕も春香も、みんなも上手くなって、来年、出直す。先輩たちの気持ちも背負って……






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る