第199話 初々しい2人
「あ、さきちゃん。セクション練習、お疲れ様」
「こう君…お疲れ様…」
セクション練習が終わり、合奏練習が始まるまでの時間、私はこう君と一緒にいる約束をしていた。というよりかは…約束させられた。高音セクションの休憩時間に、ゆいが勝手に私のスマホからこう君にLINEして…こうなった。
「あ、えっと…その、どう…する?」
こう君と合流したのはいいけど、何するかなんて決めていないし、そもそも休憩時間30分しかないし…
「疲れてるでしょう?どこかで座ってお話でもして休憩しようよ」
「う、うん。そう…だね。そう…しよう」
私はこう君と一緒に、民宿の隅に移動する。人気がない場所にあるソファーに並んで座る。
………話が、弾まない。
私が、話すの苦手…だから、こう君が話題を振ってくれるのだが、上手く受け答えできていなくて、申し訳ない。
「え、さきちゃん?」
「あ、えっと…嫌、だった?」
「あ、ううん。嫌じゃないよ。むしろ、嬉しいかな」
私が上手く受け答え出来なくて、気を遣わせてしまって申し訳ないな。と、思っていたら私はいつのまにかこう君の手を握っていた。
こう君は驚いた表情をするが、嫌な表情はしなかった。むしろ、少し嬉しそうな表情をしてくれて、嬉しかった。幸せだった。
もっと、幸せを味わいたくて、私は隣に座るこう君にもたれかかり、こう君の肩に頭を当てる。ちょっとだけ、恥ずかしいけど…すごく、幸せ。でも、こう君は嫌、じゃないかな。と思い、こう君の表情を確認すると、こう君は顔を赤くしてチラチラと私に目を向けていた。
こう君と目が合い、私とこう君の顔は同時に赤くなってしまう。
「なんか…恥ずかしい…ね……」
「さきちゃんからひっついてきた癖に…」
「嫌、だった?」
「嫌じゃないよ」
こう君は優しい笑顔で私に言ってくれる。嫌じゃない。その一言で私は幸せを感じてしまう。
「ね、ねえ…こう君…」
「ん?どうしたの?」
「え、えっと…私のこと、さきちゃんじゃなくて…呼び捨てで呼んで…欲しいなぁ♡」
「え、それは……」
すごく恥ずかしそうな表情をするこう君は、すごく可愛らしい。本当に…愛おしい……
「いや?かなぁ?」
「いや…じゃないよ。じゃあさ、さきも…僕のこと呼び捨てで呼んでくれない?」
「え…」
「嫌?」
「嫌じゃない…けどさ、こう君はこうって呼ぶよりもこう君って呼ぶ方がしっくりくる気がする」
「………わからなくもない」
私の意見に同意してしまうこう君がかわいくて、面白くて、私はつい笑ってしまう。私が笑うのを見てこう君は「笑わないでよ」と少しだけ恥ずかしそうに言う。
「こう君、のままでいい?」
「ま、まあ…さきの好きなように呼んでくれていいよ」
さき。かぁ…彼氏に呼び捨てで呼ばれるって…すごく、いい。すっごく幸せ。
そんな風に幸せを感じながら、私はこう君の顔を見つめる。こう君は「そんなにじっとみないでよ」と照れくさそうに言う。それが本当にかわいくて愛おしい。
ダメだ。もう、我慢できない。
そう思った時には私は顔をこう君に近づけてこう君の唇と私の唇を重ねた。私が顔を遠ざけると、お互い、顔が真っ赤になっている。
「こう君、好き」
「………ぼ、僕も…さきのこと、好き。だよ」
お互い、顔を真っ赤にしながら好き。と言い合う。そうした後、お互いの顔が更に真っ赤になってしまい、お互い目を合わせようとしなくなる辺り、お互いにすごく初々しいな。と思う。この、初々しい恋、私は好きだ。
「そ、そういえばさ、セクション練習、どうだった?」
お互いに恥ずかしくて目を逸らしていた。こう君はすごくドキドキしているみたいだった。私のように…だって、こう君の手、すごく温かくなっていたから…キスをして、好きと言い合い、お互いに照れてしまい、なんとなく気まずい雰囲気になってしまったので、こう君が少し話そうと話題を振ってくれたのだが、その話題は…
「……セクション練習で何かあったの?」
「う、ううん。何にもなかったよ。えっと、すごく。楽しかった。よ……低音セクションはどんな感じだった?」
私は誤魔化すようにしてこう君に尋ねる。こう君は少しだけ険しい顔をしたが、すぐにいつもの優しい顔に戻る。
「さき、僕はさきの彼氏だからさ、悩みあったら、教えてね。さきの悩みは僕の悩みだからさ、僕に何かできるかはわからないけど、話すだけでも楽になるかもしれないからさ……」
「う、うん。ありがとう…心配かけて…ごめんなさい…でも、大丈夫。ちょっと失敗しちゃっただけだからさ。いっぱい練習して、上手くなるよ」
「そっか、僕も最初ちょっと足引っ張っちゃったんだよね。そうだ。今度、一緒に練習しよう。2人で上手くなろうよ」
「う、うん。邪魔じゃなければ…お願いしたい」
「さきと一緒に練習するの。楽しみ。邪魔なんかじゃないよ。一緒に上手くなろうね」
「う、うん。一緒に頑張ろう…」
この時、付き合って初めてこう君に隠し事をした。私を心配してくれるこう君に隠し事をする罪悪感が私の胸を締め付けて、少し、苦しかった。
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