第149話 突然の訪問
「今のところどうだった?」
「すごくよかったと思うよ。なんか、春香ちゃんみたいな音だった」
「本当?嬉しいなぁ」
コンクールの自由曲でまゆがテナーサックスのソロを吹く際、僕は春香のような優しい音色で伴奏してまゆのソロを支えたいと思っていた。そのため、春香と何度も一緒に練習してひたすらイメージを重ねた。その結果が現れてきていて嬉しい。最近、僕と春香は2人の音の使い分けができるようになっていた。僕の音と春香の音、2つの音を2人で合わせることによりまとまりのある演奏をできるように練習をしていた。そのため、お互いが1人で吹いている音源も持っていて、暇があれば僕は春香の音源を聴いてイメージを積み重ねている。テナーサックスのソロの伴奏は僕が春香の音に合わせているが、テナーサックスソロの前、曲の盛り上がりの部分は春香が僕に合わせようと今、頑張って練習している。2人で練習する際は合うまでひたすら同じことを繰り返していて、周りからは僕と春香のパート練習は鬼畜…と言われるようになっていた。
「まゆのソロどうだった?」
「めっちゃ綺麗だったよ。ただ、もう少しだけ最後の音の幅を広げた方がいいかも…最後は一気に音を消す感じで多少大げさに強弱の表現した方が面白いかもね」
「なるほどなるほど、春香ちゃんと同じこと言ってくれるねぇ…」
まゆはにやにやしながら僕に言う。春香も同じこと言ってたんだ。まゆは、春香に言われてから少しは変えたつもりだったようだが、僕に春香と同じことを言われてもっと練習頑張らないとな…とやる気になっていた。
「そういえばさ、マーチはどうなったの?」
まゆに尋ねられて僕は顔を顰める。今年のコンクールの課題曲はマーチ曲をすることになっていた。前にパート練習で及川さんと春香と僕でマーチを合わせた際に…trioの部分は春香のone playでやらないか?と及川さんが提案した。まあ、要するにtrioだけチューバは春香がソロでやってよ。と言い出したのだ。一般的にマーチ曲は金管が最高に曲を盛り上げたサビの部分が終わった後、フィナーレの盛り上がりへと繋げる木管楽器の優しいフレーズが入る。その優しいフレーズがtrioだ。メロディーはフルートやピッコロ、クラリネットなどの木管楽器主体なので、はっきり言ってチューバ3本あると邪魔だ。
及川さんは私は絶対吹かない。と宣言した。メロディーが優しいフレーズなので伴奏も春香の優しい音色で支えて欲しい。と言うのが及川さんの主張だが、春香は1人は嫌です。と断固拒否している。
「まだ、決まってない…」
「あはは…まあ、春香ちゃんは絶対嫌って言うよね」
「うん…」
「まあ、でも…今のりょうちゃんなら春香ちゃんと完璧に音合わせられるでしょう。りょうちゃんが春香ちゃんと吹くことになってもまゆは何も心配ないと思うな」
「ありがとう」
めちゃくちゃ嬉しいこと言ってくれるなぁ…たしかに…今の僕なら春香と音を合わせられるだろう。今度のパート練習はtrioの練習をやってみるか…
「そろそろ時間だね。楽器片付けようか」
「うん。そうだね。練習付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、今日はまゆのソロばっかりやってたから付き合わせちゃったのはまゆの方だよ。ありがとね。りょうちゃん」
「うん。楽しかったよ。また一緒に練習しようね」
「うん」
僕とまゆは楽器を片付けてホールの鍵を閉める。途中、自販機でまゆがジュースを買ってくれた。春香の分もと…春香のジュースも買いまゆと手を繋いでキャンパス内を歩く。
「春香ちゃん、お疲れ様。鍵返しにきたよ。あと、差し入れ」
まゆがそう言いながら春香にホールの鍵と先程買ったジュースを渡す。春香はありがとう。と言いながら鍵とジュースを受け取り鍵を棚に返す。そして、職員のおじさんとおばさんにお先に失礼します。と挨拶をして僕とまゆと一緒に帰宅する。
まゆの車まで春香とまゆと手を繋いで歩いて、まゆの車に乗りアパートに帰る。
アパートに帰って早々に春香とまゆが夜ご飯を作り始める。この前、決めたことがある。春香とまゆは料理をしてくれるのに僕は何もしないのは申し訳ない。そのため、食後の食器洗いなどは必ず僕がやる。料理ができない僕にできるせめてものお手伝いだ。当然、春香やまゆに手伝ってと言われたら野菜を切るくらいの作業ならするが…遅いため戦力外通告される。
「あ…ポン酢切らしてる…ちょっと、私買いに行ってくるね」
春香とまゆが料理を始めて少し経つと春香がそう言ってエプロンを外して食費が入った財布を手に持つ。
「僕が行こうか?」
「他に切らしてる卵とかついでに買いたいから大丈夫だよ。りょうちゃんはまゆちゃんのお手伝いしてあげてて」
「了解、気をつけて行ってきてね」
「はーい」
春香を見送ってから僕はまゆに頼まれてブロッコリーを茹でていた。それくらいしかできることがなかった。
僕の横ではまゆが忙しそうに手際よく調理を進めている。すごいなぁ…
僕がまゆの手際の良さに感心していると部屋のインターホンが鳴る。春香かな?と思いながらインターホンの画面を見るとそこには…可愛らしい中学生くらいの女の子が映っていた。見間違いかな……
僕はインターホンの通話を開始した。
「はる?何してるの?」
「あ、お兄ちゃん?早く通してよ。熱い…」
インターホン越しに妹に言われて僕はオートロックを解除する。しばらくするともう一度インターホンが鳴らされる。
「ちょ、はる。急にどうしたの?」
「別に、暇だから来ただけ。春香ちゃん中にいる?お邪魔するね…」
………待って、いろいろとまずい。ちょ…だめ……今、リビングにいるのは………
「………あんた誰?」
リビングに入りまゆと目が合った妹は信じられない。と言うような表情で僕を睨みつける。
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