第142話 縛るもの






「りょうちゃん、春香ちゃん、ごめんだけど…今はまだ聞かないで…りょうちゃんと春香ちゃんの部屋でお話ししよう。運転中は…勘弁して……」


まゆ先輩にそう言われると納得するしかない。後に座っている春香は不満そうな顔をしたが納得して何も言わなかった。




まゆ先輩がアパートの駐車場に車を停めてから僕と春香は旅行の荷物が入った鞄などを持って、まゆ先輩と一緒にアパートの部屋に入る。僕と春香は自分の部屋に荷物を置いてからリビングに向かう。


「とりあえず座ろうか…まゆ、運転して疲れてるだろうし立ち話はきついでしょう?」

「うん。そうだね。りょうちゃん、まゆの隣、座ってくれる?」

「わかった」


リビングに置いてあるソファーに僕はまゆ先輩と並んで座る。まゆ先輩とは反対側の僕の隣に春香も座って3人で横に並ぶ。真剣な話をするのにこの並びでいいのかな、とも思ったが、まゆ先輩がこのままで話したい。と言うので僕と春香はまゆ先輩の意向に従った。




「旅行、楽しかったね」


まゆ先輩は笑顔で僕と春香に言う。笑っているが、笑っていない。まゆ先輩の表情を見て僕はそう感じた。


「まゆちゃん、私とりょうちゃんが聞きたいこと、わかってるよね?」


春香が少し強張った表情でまゆ先輩に言うとまゆ先輩はごめんごめん。と言い一瞬、目を閉じて再び目を開ける。覚悟を決めたような表情でまゆ先輩は僕と春香を見つめる。 


「この旅行が終わったら…まゆがこの部屋から出たら、もうまゆたち3人の関係は終わりにして欲しい」

「理由…教えてよ…まゆ…お願いだから…」


僕が理由を尋ねるとまゆ先輩は困ったような表情をする。


「うーん。気分…かな…なんかさ、やっぱり変だと思ってさ…この関係が…なんか冷めちゃったんだよね」

「まゆちゃん、嘘つかないで…そんなこと思ってないでしょう…だって…まゆちゃん、今回の旅行でもあんなに幸せそうだったのに……お願いだからそんな嘘言わないでよ…」


春香は泣きながらまゆ先輩に言う。春香が泣くのを見たまゆ先輩は困ったような表情を一瞬だけしたが、すぐに表情を変えた。 


「嘘…なんかじゃないよ。むしろ、昨日今日のまゆの表情が嘘だから…せっかくみんなで旅行行くのにまゆだけ表情死んでたら他の人に申し訳ないでしょう」

「本気で…言ってるの?」

「本気だよ」


恐る恐る尋ねた春香にまゆ先輩は即答した。迷いもなく、春香の希望を断ち切った。たったの一言で……


「春香、ちょっと自分の部屋で休んできなよ。疲れてるでしょう。後で行くからさ、自分の部屋で休んできな」


このままだと、春香の心が保たないと判断した僕は春香をまゆ先輩から遠ざけようとする。今のまゆ先輩に春香を近づけるのは危険だ……まゆ先輩は、春香の心を折ることで僕と春香から離れようとしている。先程の冷たい本気だよ。の一言で僕はそう感じた。


「まゆ…ちゃん…これ…」


春香は泣きながらポケットから指輪を取り出した。まゆ先輩の指輪だ…春香はポケットから取り出した指輪をまゆ先輩に渡そうとする。


「そっか…これがあるからいけないのか…これがあるから春香ちゃんはまゆを離してくれないんだね」


まゆ先輩は冷たい目で指輪を見つめて、そう呟いてから春香から指輪を受け取る。いや、受け取ったのではなく奪った。が正しい言い方だった。そして、リビングの窓を開けて春香から奪った指輪を窓の外に放り投げた。


「これでおしまい…もう、まゆたちは縛られてない。これからは2人で幸せにね。さようなら」

「まゆ…待って…」

「りょうちゃん、またバイトとかで会うけどさ、まゆとは最低限のことしか関わらないようにしてくれると助かるな」


リビングを出て行くまゆ先輩を僕は追いかけようとするが、春香が泣きながら僕に抱きついてきた為、身動きが取れなくなった。まゆ先輩はそのまま止まることなくリビングを出る。少しして玄関が開いて閉まる音がした。




「春香…大丈夫?」


今からまゆ先輩を追いかけても追いつけないだろう。まゆ先輩のことも気になるが、春香を1人にしておけない。今、春香はすごく不安定だろうから……


「まゆちゃん…どうしちゃったんだろう…」


少し落ち着いて、泣き止んでから春香が最初に発した言葉だった。僕に聞かれてもわからないよ…


「まゆちゃんね。あの指輪…すごく大切にしてたんだよ。りょうちゃんから受け取ってからさ…ずっと大切にしてたんだよ……今朝ね。まゆちゃんの分までりょうちゃんと幸せになるって意味も込めて私に持ってて欲しいって言われてまゆちゃんに渡されたの……指輪を私に渡す時ね。まゆちゃん…悲しそうだったの……」


そう言いながら春香は再び泣き出してしまった。僕だって泣きたい。大切に思っていた人から突然別れを告げられて…でも、今はダメだ。春香にこれ以上負担はかけられないから…今は僕が支えてあげないと……


「春香、指輪…探しに行こう。まゆの指輪見つけてさ、まゆに返そう」

「うん……」


これが正しい選択なのかはわからない。でも、今の春香にとって、まゆ先輩の指輪を探すことはきっと…心を落ち着かせる要因になるだろう。


僕と春香は2人で部屋を出る。一応、駐車場に行ってみたがまゆ先輩の車はなかった。


僕たちの部屋の窓が見える場所から指輪がないかを探しまわった。暗いのでスマホのライトをつけながらあちこち探し回った。


一晩中、春香と手を繋いで2人で探した。運良く指輪は早朝に見つかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る