私の物語

第124話 幸せになってね。





好き。ってなんだろう。ずっとわからなかった。

私にとって好き。はずっと謎の感情だった。曖昧で形のない定義だ。何故、そんな不確定なものにみんな夢中になれるのだろう。愛?確かめようのないただの概念だ。


誰かのことを好き。愛してる。なんていう奴はただ、誰かに依存して自分に存在価値を作ろうとしているだけだ。


そう思っていたのに…私は、ただ受験会場で一緒になっただけの人にどうしようもなく恋をした。助けられたからとか優しくされたからとかそういうのはどうでもいい。そんなもの後付けの理由だ。本当は、あの時、初めて君と出会った時に、直感的に、これが恋か…と感じた。


自分が恋に落ちるまでは物語の主人公に恋していたが、叶わない恋で終わるヒロイン。謂わゆる負けヒロインが愛してる。という理由だけで、主人公のために苦しみ主人公の恋を笑いながら手助けする行為がわけわからなかった。ただのフィクションだから当然か。と思っていたが、自分が負けヒロインの立場に立つと物語で主人公のために行動する負けヒロインの気持ちがよくわかった。


守ってあげたかったのだ。主人公がしている恋を…主人公の幸せを…大好きな人の未来を…結局、主人公に幸せになって欲しいのだ。奪おう。と思っていても、主人公が今、幸せならば妥協ラインとしては納得できる。だから、私は君たちの幸せを守るよ。

だから、君たちはちゃんと幸せになってね。


春香先輩、まゆ先輩、私が大好きな人を…りょうくんのことをお願いします。幸せにしてあげてください。そうじゃないと、私、納得しませんからね。妥協ラインとしてはいいかな。と私に思わせてください。じゃないと…私…辛くて耐えられないです。りょうくんの幸せ…3人の幸せに役に立った。と思えないと…何のために私はこの選択をしたのだろう。ってなってしまうので…お願い……します。


幸せになりたかったなぁ…

その言葉は飲み込んだ。絶対に口にしてはいけない。表に出してはいけない。

笑わないとね。君が幸せなら私も幸せだよ。




金曜日、バイトが終わりまゆ先輩の家にお泊まりをして土曜日は昼過ぎから最後までバイトに入った。バイトにも少しは慣れてきたが2連勤はちょっと疲れた。ちなみにまゆ先輩は最高で8連勤したことがあるらしい。大学の夏休みと春休みはかなり長いみたいで、お盆などは部活も休みになる為、暇すぎてシフト入れまくったみたいだ。すごい……


「りょうちゃん、お疲れ様。お昼ごはんのあまりでおにぎり作っておいたんだけど食べる?」

「え、ありがとう。食べたい」


アパートに帰れば春香が僕とまゆ先輩の夕食を用意してくれているのだが、時刻は10時過ぎ…お腹が空いてやばい。アパートまで保ちそうにないのでまゆ先輩と春香には内緒ね。と言いながら小さなおにぎりを1つずつ食べた。冷え切っていたが、まゆ先輩が一生懸命握ってくれたおにぎりからは愛情という温もりを感じる気がする。すごく美味しい。


「さ、帰ろう」


駐車場近くのソファーに座っておにぎりを食べ終えるとまゆ先輩が立ち上がり笑顔で僕に言う。僕が立ち上がると手を差し出してきたのでまゆ先輩と手を繋いで車まで歩く。危ないから運転中は手を繋ぐの禁止ね。という当たり前のようなルールを作ってから、まゆ先輩と手を繋いで車まで歩く時、歩く速度が普段より遅くなるような気がする。かわいらしい。けど、今は春香がお腹を空かせてアパートで僕たちの帰りを待ってるから早く帰らないと。僕がまゆ先輩をちょっと引っ張るようにして歩くと、春香が待っていることを思い出したまゆ先輩がごめんね。と僕に言い歩く速度を少し早めた。歩く速度が早まった分、繋いでいた手に入っていた力が少し増した気がする。かわいいなぁ……



まゆ先輩の車に乗り数十分車で走ると僕と春香が暮らしているアパートに到着した。昨日、僕はまゆ先輩の家にお泊まりした為、春香はりっちゃんさんをアパートに呼んでお泊まりしたみたいだ。今日は3人でお泊まりする。明日は3人ともバイトがないので夜まで一緒にいる約束をしていたが、明日はまゆ先輩はちゃんと家に帰ってもらうことになっている。春香と2人の時間もきちんと作らないといけないからね。


「ただいま」

「お邪魔します」


アパートに到着して僕は部屋の鍵を開けて玄関に入る。いつもならリビングか春香の自室から春香が出てきておかえり。と出迎えてくれるはずなのだが、今日は出迎えてくれない。寝ちゃってるのかな、それともお風呂とかかな?とりあえず僕とまゆ先輩はリビングに向かう。


「あ〜りょうちゃん、まゆちゃん、おかえ〜り。2人の帰りが遅いからぁ。はるかお酒飲んじゃった〜」


えへへ。と言いながら顔を赤めている春香が僕とまゆ先輩に言う。まじか。と僕とまゆ先輩は戸惑ったが、まじだった。少し前に春香とまゆ先輩が酔って大変な事になったから禁酒令を出したはずなのになぁ…春香は約束を破るような子じゃないはずだ。何かあったのかな?と思い聞いてみるとあいつから電話があったらしくてムカついて無視しててもしつこく電話してくるから気を紛らわすために飲んだらしい。


「それなら、仕方ないか……春香が嫌な思いしている時に一緒にいてあげられなくてごめんね」

「ううん。はるかも…約束破っちゃってごめんなさい…」


うるうるした瞳で立っている僕に座りながら抱きついて僕のお腹に頭を当てて上目遣いで春香に言われてめちゃくちゃドキッとした。かわいすぎるよこれ…


その後は、まゆ先輩と一緒に酔った春香の相手をしながらかなり遅い夕食をいただいた。春香が作ってくれていた夕食はとても美味しかった。


それにしてもあいつ、また春香に絡んでくるなんて…まだ、諦めてなかったのか…と不快感を感じていたが、今のところ電話は収まったみたいでLINE等も来ていないので一旦様子を見よう。明日は春香から離れないようにしないとな……





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