第46話 恐怖の源







私はりょうちゃんが泣き止むまでりょうちゃんを抱きしめた。りょうちゃんも私に甘えるように私を抱きしめる。先程と立場が逆転しているのが、ちょっとだけ面白いと思うが、こうしてりょうちゃんを抱きしめていられるのは本当に幸せだった。


りょうちゃんが泣き止む頃には私の涙も止まっていた。りょうちゃんが泣き止んだ後は少しだけピアノを弾いてすぐに2限の授業に向かった。りょうちゃんと教室の前で別れて私は教室に入る。


「春香ちゃんおはよう」

「まゆちゃん、おはよう」


教室に入った私は広い教室内を見渡してまゆちゃんを探した。まゆちゃんを見つけた後、まゆちゃんの隣に座って2人で授業を受けるのがいつものパターンだった。いつも通り私が、まゆちゃんの横に座ろうとするとまゆちゃんに挨拶されたので私も挨拶を返しながらまゆちゃんの横に座る。 


お互い、少しの間沈黙を保った。そして、少ししてからまゆちゃんが口を開いた。


「まゆ、昨日りょうちゃんに告白しちゃったんだよね…」

「そっか…私も今朝、りょうちゃんに告白しちゃった」


私の言葉を聞いてまゆちゃんは驚いた表情をする。


「私のこともまゆちゃんのことも大好きだから決めれないって言ってくれた」

「まゆも同じようなこと言われたよ。りょうちゃんに好きって言ってもらえてすごく嬉しかったし幸せだった」

「そっか…」


まゆちゃんは本当に幸せそうだった。その幸せな感情は私にも理解できる。私もつい先程味わった感情だから…いっそのこと私とまゆちゃん、どちらもりょうちゃんと結ばれて3人で幸せになりたいな…などと私は考えていた。


「へー、春香が好きなやつ、まゆのことを好きになったのか、ならちょうどいい」


私とまゆちゃんが話しているのを遮るように荒々しくて怖い感じの声が聞こえた。私とまゆちゃんが振り返ると1人の男が後ろの席に座って話を聞いていた。声が姿を表していると思えるようなちょっと怖い感じの顔立ちに特徴のある天然パーマを見て私は急に吐き気がした。


「ちょっと、なんであんたがここにいるの。学部違うでしょ…」


まゆちゃんが怒号をあげるようにして尋ねる。


「あ?そんなことどうでもいいだろ。連れがこの授業受けるって言うから一緒に受けようとしてたらお前らがいたから挨拶しておこうと思っただけだ。そんなことよりもまゆ、お前は春香が好きなやつとさっさと付き合え、そんで春香、お前は俺と付き合え、それでお前たちが争う理由はなくなるしみんな幸せになれる」

「ふざけないで、あんたみたいな自己中な奴と結ばれても春香ちゃんが幸せになれるわけないでしょ。早く私たちの前から消えて」


男の顔を見て息を荒げる私を庇うようにまゆちゃんが男に怒号をあげた。


「おいおい、まゆ、なんでお前が怒るんだ?春香が俺と結ばれればお前が好きな奴はお前のものなんだぞ。怒る理由がないだろ」 


男は呆れたような表情でまゆちゃんに言う。そんなことを言われてまゆちゃんの怒りは頂点に達した。


「バカじゃないの…まゆの親友をあんたみたいなクズに渡すわけないでしょ。さっさと春香ちゃんの前から消えて」

「酷い言い方だな。同じ部活の仲間なのによ」

「幽霊部員の癖に何言ってるの。もうとっくの昔にあんたの居場所なんて吹奏楽部にはないから」


まゆちゃんは本気で怒ってくれていた。震えて何も言えない私を庇うように言ってくれた。そんなまゆちゃんのことを理解できないと言うように男は嘲笑った。


「ははは、俺に居場所がないって?居場所がないなら作ればいい。それにな。パーカッションはいつも1人なんだよ。まあ、今日のところはこれくらいにしておいてやる。最後に一つだけ言っておくぞ。春香、さっさと俺のものになれ、後悔したくなかったらな。お前が俺のものになったらちゃんと可愛がってちゃんと躾けてちゃんと幸せにしてやる。そうだ。お前が俺のものになったら、今、お前と暮らしてるやつ追い出して俺と暮らそう。きっと毎日が楽しいぞ。良い返事待ってるからな」


男はそう言い残してその場を立ち去り教室を出て行った。時間にしてみれば数分の出来事だったのに、何時間も恐怖心に囚われていた感覚がある。男がいた場所に残されたタバコの臭いは私に去年のトラウマを思い出させて、私はちょっとしたパニック状態になる。


そんな私を見てまゆちゃんは落ち着いて。まゆが側にいるから大丈夫。と言いながら私を落ち着かせようと過呼吸気味の私の背中を摩ってくれた。


まゆちゃんの言葉を聞いて、安心した私はそのまま気を失ってしまった。




「りょう…ちゃん……」

「春香、大丈夫?」


私が保健室のベッドの上で目を覚ますとベッドの横にはりょうちゃんがいてくれた。私の手を強く握ってくれていた。りょうちゃんの手の温もりを感じた私は安心感を抱いてりょうちゃんに抱きついていた。私が抱いていた恐怖心を拭い去るようにりょうちゃんは私を優しく抱きしめてくれたのだった。






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