第17章 決戦

1 クランテの危機

 ノクスはクランテと出会ってから、ずっと魔脈のことを考えていた。もうすっかり受け入れたと思っていた自分の闇の魔力まで、違和感のある不安定なゼリーのように感じた。クランテの儚げながら芯のある存在感は、ノクスだけでなくルナにも強い印象を残した。誰とでもすぐ仲良くなってしまうエクラは、彼女を「クラちゃん」と呼んで、何の警戒もなく可愛がっていた。ノクスには、エクラの人を疑わない人懐こさが信じられなかった。それと同時に憧れでもあった。上手に生きていけない自分が、悲しくもあった。

 そのクランテが、自分の住む南の町の屋敷で誰かに襲われたと知らせが届いた。老執事とともに小屋へ来ると言うので、三人はクランテの無事を祈りながら二人の到着を待った。

 クランテと老執事は、以前この小屋へ来たときと変わらない元気な姿で現れた。家主のルナより先にエクラが飛び出していき、クランテの肩を抱いた。

「クラちゃん、大丈夫だったの? 何があったの?」

「エクラさん、ありがとう。わたくしは大丈夫です」

 ルナも客人二人を出迎えた。

「よく来てくれたね。クランテ、無事で良かった」

「ルナ様、ありがとうございます。わたくしを襲った人に関して少々気になることがありまして、直接こちらへお伺いしました」

「中へ入りなさい。話を聞こう」

 魔法使いの気配が読めるクランテは自分の屋敷で奇妙な気配を感じ、その気配を追って外へ出た。人気のない屋敷裏で相手に対峙した途端、吸い込まれるような激しい風に体が巻かれ、相手の方へ引っ張られたとのことだった。

「じいやが来てくれたので相手はそれ以上何もせず去って行きましたが、どうやらあの人はわたくしを自分の体の中へ取り込もうとしていたようです。一人で屋敷の周りをうろついていたようですが、わたくしはその人の体の中に、その人以外の気配もはっきりと感じました。――炎の魔力でした」

 ルナたち三人は顔を見合わせた。

「クラちゃん、それって、細身で赤紫の目をした人じゃなかった?」

「そうですね……。目の色までは分からなかったのですが、細身の男の方だったのは確かです」

 ノクスも口を出した。

「炎の魔力を感じたというのは確かなのか?」

 クランテも真っ直ぐノクスを見て頷いた。

「はい、間違いありません」

 やはりあの男が来たのだとルナは確信した。闇の魔力を持ったノクスだけでなく、光の魔力を持ったクランテまで狙ったらしかった。

「あの方は一体何だったんでしょうか。魔法使いを取り込むなんて」

 手元に視線を落とし、ぽつりと呟くクランテに、ルナは説明した。

「あの男は魔力中毒に掛かっているんだよ。魔法使いでもないのに無理に体に魔力を注いで、中毒に掛かったんだ。魔力がなければ体の倦怠感や激しい憂鬱に襲われる。その苦しさから逃れるために魔力を求めるが、普通、魔法使いごと呑んだりはしない。偶然魔法使いを取り込んでしまい、いつでも魔力を啜れる快楽を知ってしまったんだろうな。南の町に現れたと言うのなら、近くの森に住んでるエンデルも何か手掛かりを掴んでいるかもしれない。後で手紙を飛ばしておくよ」

 クランテは不安げにソファーから身を乗り出した。

「ルナ様、あの人に取り込まれた炎の魔法使いの方は、まだ、覚醒をしていないように思うのですが」

「私もそう思う。おそらく呑まれたのはクランテより幼い子だよ。自分が魔法使いであることを、自覚すらしていないかもしれない」

「そんな幼い子を囚われの身にするなんて許せません」

 クランテも強く憤った。

 ルナは立ち上がって窓の外を見た。

「あの男にはまだノクスという獲物も残っている。また私たちの前に姿を現すはずだ。炎の魔法使いを助け出す好機は必ず来る。何が起こってもいいように、準備をしておいたほうがいいな」

 憐れな男の痩せた笑みが、ふと頭に甦った。

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