後編 女巡査
町の巡査は、辿り辿っていくと、最後には王直属の警察組織に行き着く。王都から遠く離れたこの土地の巡査たちももれなく王に仕える身だ。ルナたちは西の町の住人として管理されているので、巡査もまた西の町から来る。まだ若い女巡査のプノレアもそうだった。ルナが倒れたことで聴取できなくなっていた老婆の見取りの件で小屋を訪ねてきた。老婆の家族からも聴取は終わり、ルナから紙の報告書も受け取り、老婆の死に疑念を抱く必要はないのだが、一応規則ということで、聴取に来たのだった。
プノレアはルナと同じくらい黒髪を長く伸ばしていたが、肩甲骨の下から先はルビーのように赤く染めていた。エクラなどはその髪色に目を輝かせて、プノレアの色彩感覚にすっかり絆されたようだった。
「ほんと悪いわね、ルナ。聴取はただの規則だから気にしないでちょうだい。さらっと訊くだけだから」
プノレアは赤い髪先を揺らしながら言った。
「構わないよ。きちんとやってくれたほうが私も助かる」
「でもねぇ、貴女の場合はちょっと難しいのよ。他の人にはない感覚を持っているでしょう? ルナの体験をありのまま書いても、誰も信用してくれないのよね。だから、信用してもらえるように誤魔化すのが大変なの」
ルナは苦笑いした。
「苦労を掛けるようですまないな」
「ほんとに申し訳ないなんて思ってるのかしら? まぁ、いいわ。貴女にはあの人が亡くなることが分かっていたの?」
「話しているうちにだんだん分かった。初めは何も分からなかったな。レムが呼びに来るまで森に人がいるなんて気が付きもしなかったからな」
「レムって、この森に住む幽霊でしょう? 早速報告書に書けない話が出てきたわ。それで?」
「老婆を見つけて取り敢えず様子を見たんだが、水もそんなに飲まないし、私の差し出したチョコも手に取らなかった。あの人は息子を探しに森へ来たと言っていた。それで、この人は天の道に惹かれて来た人なのだと分かったよ」
「寿命を迎える人を導く、天への道ね。これも書けない」
「天の道は、すぐに現れたよ。私たちには分からなかったが、老婆には亡くなった息子さんの気配が読めたようだ。吸い込まれるように、天の道を昇っていったよ」
「何から何まで報告書には書けない話ね」
プノレアは溜め息を吐いてペンを放り出した。
「だから貴女に聴取をするのは無駄なのよねぇ。幽霊や天の道なんて報告書に書けると思う? まぁ、いいわ。毛布を掛けたり、水や食料を提供したり、ルナもできるだけの救護はしたようだしね」
「助けられるものなら助けたかったが、天の道に惹かれてきたというのなら、無理矢理小屋へ連れて帰っても、また天の道を探しに外へ出たがっただろうし、息子さんに会えないまま息を引き取っていたかもしれない。私にできることは何もなかった。悲しいよ」
「それなんだけどね、やっぱりご家族も毎日のように姿を消すおばあさんに困っていて、本当はこんなことを言ってはいけないのだけれど、今回、ルナに手厚く看取ってもらえて、正直ほっとしたみたいよ。ご家族の生活も大分大変だったみたいだし。だから、ご家族もルナを責めずに、すごくお礼を言っていたでしょう? これで良かったのよ、きっと」
プノレアは筆記用具を片付けた。
「さぁ、もう聴取は終わりよ。――ああ、そうそう。貴女が探している赤紫の目の男、やっぱりまだ手掛かりは掴めないわ。何か分かったら連絡するわね」
「よろしく頼む。休憩していってくれるんだろう?」
「もちろんよ。ああ、疲れた! 思いっ切りもてなしてもらうんだからね!」
「いいよ。思う存分休んでいってくれ」
二人はお茶を飲みながら、女友達同士、取り留めのない話を続けた。
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