同じ思想の者を見ると、自分の存在まで同じものに見えてくる。




 ローブを着た者たちは、今日もゴミを拾う。


 粉雪が降る公園の中、彼らは手分けして公園に落ちているゴミを探し、


 後ろめたい背中を曲げて、ゴミを拾う。


 立派な奉仕活動だ。




 しかし、周囲の人々の視線は冷たかった。


 彼らの格好が怪しいという理由は、少数派だろう。


 周囲の人々は、彼らが何者なのかを知っている。


 だからこそ、冷たい視線を向けるのだ。




 人々の誰かが、彼らを見てこうつぶやいた。


「みて……例の“変異体教”、今日も来ているわよ」


 それを聞いた、ローブを着たひとりは、手に持ったゴミを落とした。




 彼らのローブは、身の潔白を訴えるような白さだった。











 小屋の中で、女性はわれに返った。


 テーブルの下に落としたフォークを、やつれた顔でじっと眺めていたのだ。


 イスに腰掛けている女性はそのフォークをすぐに拾わず、テーブルの上に置かれているものを眺めた。


 コーンスープ、ポテトサラダにレタスをそえたもの、スクランブルエッグにハム、そしてスライスチーズが乗ったトーストが2枚。

 これらの食事は、まったく量が減っていない。コーンスープから立ち上る湯気は、もう小さくなっている。


 ふと前を見ると、真っ白な景色を映し出す窓ガラスがあった。


 外は雪が早いスピードで横殴りに振っており、吹雪を作っていた。




 その時、玄関からノックの音が聞こえてきた。


 女性は床に落ちたフォークを放置して、玄関に向かった。






「……!!」


 玄関を開けた女性は、思わず後ずさりした。


「……すまないが、ここに避難させてくれないか? 俺たちは旅のものだ」


 玄関の前には、ふたりの人影が立っていた。

 ひとりは老人。肩に雪が積もった黄色いダウンコートを見に包み、頭はショッキングピンクのニットキャップ、首元には派手なサイケデリック柄のマフラーが巻かれ、青色の手袋を手にはめている。その背中には、黒いバックパックが背負われていた。

 そんな老人の最も目立つ特徴はひとつ。怖い顔だ。


 ただ、女性が後ずさりをしたのは老人ではなく、その後ろの人影のせいだった。


 その人物は影のように黒いローブを着ており、顔はフードで見えない。体形でかろうじて女性であることがわかるぐらいだ。背中には、老人と同じ黒いバックパックを背負っている。

 そして彼女の足元の雪には、墨汁のような液体が血痕のように残っていた。吹雪であるにも関わらず、


「その血……変異体……?」


 女性が指さすと、老人とローブの人物は足元を見て、顔を青ざめた。


「……す、すまん、迷惑だったな、やっぱりいい。俺たちのことは気にしないでくれ」


 老人は慌てた様子でローブの人物の手をつかみ、玄関に背を向けようとした。


 その老人の腕に、女性は引き留めるようにやさしくつかんだ。


「だいじょうぶです。私は、変異体を差別したりなんかしません」


 女性の顔は、先ほどのやつれた顔ではなく、使命感をもった穏やかな顔をしていた。






「……モシカシテ、変異体ノ体ヲ見テモ、平気ナノ?」

 扉の閉まった玄関で、ローブの人物は着ている衣服に付着した雪をはたきながら女性にたずねた。人間とは思えない奇妙な声だが、どこか幼い少女のような言葉使いだ。

「いえ、私は変異体に対する耐性はないので、見ると恐怖の感情がわき上がってしまいます。ただ、それが変異体の体の仕組みであることは理解していますので、だいじょうぶです」

「ソウナンダ……警察ニ通報スルコトモ、ナイ?」

「ええ、するもんですか」


 ローブの人物の横でニットキャップを脱いでいた老人は、ふと、テーブルの上に乗っている料理に目線を向けた。

 それに気づいた女性は、その料理に手で指した。

「もしよろしければ食べていいですよ。スープも温め直しますから」

「あ……いや……あんたが食べていた途中じゃないか?」

「いいえ、いざ作ってみたけど、全然食欲がでなくなって……正直、処理に困っていましたので」

 老人は少し考えた後、「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」とテーブルに向かって歩き始めた。




 テーブルの席に坂春は座り、コーンスープをスプーンですくう。そのスープの湯気は、先ほどよりも大きかった。

 その横の席に、変異体と呼ばれた存在であるローブの人物は腰掛ける。彼女の目の前には料理はなく、老人の食べる姿を眺めていた。物欲しそうな様子はなく、純粋な好奇心による観察だろうか。


「それにしても、どうしてよくしてくれるんだ? 俺たちが旅をした先でも変異体であることを黙ってくれていた人間はいたが……誰もが理由を持っていた」

 トーストを手に首をかしげる老人の言葉に、キッチンにいた女性は眉を上げた。

「それは、利益の有無や宗教などに関わらず、ですか?」

 キッチンから出てきた女性に対して、坂春はすぐに言葉が出なかった。

「……あ、ああ……人によっては利益があって通報しない人間もいたな」

「デモ、宗教ハアンマリナカッタ……カナ?」


 変異体の声に、女性は顔を曇らせた。


「……それでしたら、私は宗教関係であなたたちを助けたってことになりますね」




 女性は「ちょっと着替えてきます」と言って、部屋を移動した。


 しばらくして、ふたりの部屋に戻ってきた。


「?」「そのすがたは……」




 女性は白いローブを身に包み、手を胸の前で組んでいた。


 雪のように真っ白なそのローブのフードには、ツノの生えた悪魔を催した模様が入っている。


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