化け物バックパッカー、日差し漏りを防ぐ。

雨漏りは、たとえしずくが望んでいなくても、通り抜けてしまうものだ。



 朝だというのに、空は暗い。


 太陽が雨雲に隠されているからだ。


 分厚い雨雲は、大量のしずくをシャワーのように降らしていく。


 今回の彼らの行き先は、街中。


 そして、付近の森に落ちていく。




 森の中にある、小さく古い小屋。


 その屋根に、雫たちは降り立った。


 雨水を防いでいることから、屋根は自らの使命を全うしているようだ。




 ……訂正しよう。屋根は自らの使命すら全うできていない。


 屋根の上に降り立ったしずくの一部は、古くなった屋根に染み込み、通過してしまった。


 屋根の下に通過した雫たちは、


 横になっていた老人のおでこに着地した。





「んっ?」

 雨水にたたき起こされた老人は、不機嫌に屋根をにらむと、その場で体を起こした。

「……まったく、ここの小屋は本当にボロ小屋だったようだな」

 この老人、顔が怖い。

 服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。その近くには黒いバックパックが置かれている。俗に言うバックパッカーである。


「屋根があるから安心していたが、ここまで雨漏りがひどいとは……」

 愚痴をこぼす老人を、その側でなにかがじっと見つめていた。


「“坂春サカハル”サン、モウ起キタタノ?」

 体育座りをして老人を見つめていたのは、本来なら眼球が収められている場所から青い触覚を生やした、“変異体”と呼ばれる化け物だった。

 体は黒いローブを着込んでおり、長めのウルフカットの髪形とその顔つきから、女性のように感じられる。その側には、老人のものとよく似たバックパックが置かれていた。


「ああ、天然の目覚ましのおかげでな」

 “坂春”と呼ばれた老人は、皮肉交じりに天井を指さした。

「ココノ雨漏リ……スゴイ」

 ローブのフードで顔を隠して変異体が見上げる天井には、既に数カ所で雨漏りが起こっていた。

「“タビアゲハ”も、この雨漏りの中で目覚めてしまったか?」

 坂春からの気遣いに、“タビアゲハ”と呼ばれた変異体は首を振った。

「坂春サンヨリモ早ク起キタ時ニハ、モウ既ニ振ッテタ。ソレニ、イツモハ路地裏デ寝テイルカラ平気。風邪モ引イタコト、ナイカラ」

「それでも大雨の時は大変だろ?」

「荷物ガ飛バサレルクライ強イ風ハ困ルケド……アト困ルコトハ服ガ濡レチャウコトグライ」

 ローブに飛び散った水滴をバックパックから取り出したタオルで拭くタビアゲハに、坂春は首をかしげながら自分のバックパックに手を入れる。

「服が濡れることが1番困りそうだが……まあそれはいいとして」


 バックパックから取り出したのは、コンビニのおにぎりだ。


「問題はこれでは食事が困ることだ。買っておいたおにぎりに雨水のトッピングなんてかけたくない」

 眉をひそめ、おにぎりと天井を交互に見つめる坂春に対して、タビアゲハは思い出すように小屋の玄関に触覚を向けた。

「コノ先ニ街ガアッタヨネ、ソコニ行ッテ食ベラレルトコロヲ探スノハ?」

「それも考えたが、街中で腹を空かせた音を鳴り響かせるのもな……」


 その時、タビアゲハは玄関の前に置かれている傘立てを指さした。


「ネエ、アソコノ傘、使エソウ」


 そこにあったのは、黒塗りの生地を使った長傘だった。古びた木製の傘立てに、ポツンと1本だけ立てられていた。


「ああそれか! さっそく持ってきてくれんか!?」


 タビアゲハはうなずくと立ち上がり、玄関から傘を手に取った。




 差した状態で、壁に立てかけられた傘。


 その下で坂春はおにぎりを食べ始めた。


 彼の上に雨粒が落ちようとも、傘が守ってくれるおかげでかからない。


 坂春は満足そうにうなずきながら、おにぎりをほおばっていく。




 傘の骨組みの頂点にある、石突きと呼ばれる部位にしずくが落ちた時だった。


「クチッ!」


 どこからか、くしゃみの音が聞こえてきた。

「ん? タビアゲハ、やっぱり雨風に当たるのは体にくるんじゃないか?」

 横で坂春の食べる姿を観察していたタビアゲハは首をふり、「私ジャナイ」と答えた。

「? でも俺でもないぞ」

「坂春サンハコンナカワイイクシャミジャナイカラ……」


 坂春とタビアゲハは、同時に傘を見た。




 その傘の石突きに、再びしずくが落ちた。




「クチッ!」


「この傘か」「コノ傘ダ」




 同時に指をさされた傘。


 その生地の裏側から、ヒモでくくられた目玉が現れた。


「……ヤッパリバレタ?」


 生地を振るわせて声を出す傘に対して、静かにうなずくふたり。


「オカシイナア、クシャミグライナラ気ガツカナイト思ッタノニ……」

「いや、傘がくしゃみしたら普通は気づくもんだろ」

 おにぎりの最後の一口を口に入れた坂春の指摘に、傘は「アア、ナルホド」と納得した。この傘も、タビアゲハと同じ変異体であろう。


「ソレニシテモ、君タチハ俺ノコト怖クナイノ? ……ア、ソッチノ人ハ変異体カ」

 見つめられたタビアゲハは頭のフードに手を当てた。

「サッキノ話、聞イテタ?」

「アア、変異体ハ風邪ナンテヒカナイモンナ」

「それじゃあ、さっきのくしゃみは?」

「鼻ニ雨水ガ入ッタカラ、ムズムズシタダケダ……ァ」


 もう一度だけ、くしゃみが響いた。


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