化け物バックパッカー、料理場で料理を作る。

時間がない時ほど、踏み込んでしまう。怪しい場所というものは。

「ねえ、あそこでごはん食べようよ」


 森に囲まれた道路の中を走る車の中で、後部座席に座っていた男の子が窓の外を指差した。


「そうねえ、ホテルまでまだ遠いし、ここで食べていきましょうよ」


 助手席に座る女性が、ハンドルを握る男性に話しかける。


「それもそうだな。ちょっと古いが、記念にもなるからここで食べるとするか」


 男の子の喜ぶ声とともに、車はファミリーレストランの駐車場へと向かった。






 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥ




 そのファミリーレストランから離れた位置に設置されたテント。


 そこから、奇妙な音が聞こえてきた。




「……」


 テントの中で、老人は悲しそうに黒いバックパックの中身をのぞいていた。

 この老人、顔が怖い。服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。悲しそうな顔で哀愁さが出ているおかげで、余計に怖い。


「ネエ“坂春サカハル”サン、ゴハン、食ベナイノ?」


 そのテントに奇妙な声とともに入ってくる人影があった。

 全身を黒いローブで包み、顔もフードによって隠れている。背中には老人が見つめていたバックパックよりも古めのものが背負われていた。


「あ……ああ……食べたいんだ……“タビアゲハ”、食べたいんだがな……」


 坂春と呼ばれた老人は、黒いローブの人物にバックパックの中身を見せた。


「アレ? 食ベ物ガ全然無イ……」

「ああ、昼間にコンビニで買った食糧……あのコンビニのイートインスペースに置き忘れてしまった」

 坂春は腹をさすり、大きなため息をついた。

「もうコンビニからは離れてしまったからな……歩いていたら朝日が出てくるだろう」

「コノアタリニ、オ店トカナイカナ……」

「見た感じ、この辺りには道路ばかりで建物が見当たらなかったな」

 “タビアゲハ”と呼ばれた黒いローブの人物は考えるように首をかしげると、決心したようにうなずいた。

「私、コノ先ニオ店ガアルカ見テクルネ」

 そう告げると、タビアゲハはテントから飛び出して行った。

「ちょ、おい、タビアゲ……」


 グリリリュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


 止めようと伸ばす坂春の手は、腹の音によって引っ込められた。

「……とりあえず、タビアゲハを信じて待っているしか――」


「坂春サン! コノ近クニレストランガアッタ!」


「……」


 すぐにテントの中に表れたタビアゲハの頭を見て、坂春は口を開けるしかなかった。






 サイドを森が支配する道路の中、坂春は懐中電灯で前方を照らしながら進み、タビアゲハはその後ろから付いてきていた。


 やがて、ふたりの目の前に表れたのは、ファミリーレストラン。


 “森の料理場”の文字が書かれた看板はさびだらけ。


 建物はところどころにクモの巣があり、ガラスは何枚か割れていた。


 廃虚にしか見えないそのファミリーレストランの中に、証明が薄暗く光っていた。




「誰かいることはわかるが……どう見ても営業はしていないだろ?」

 店の前で坂春は眉をひそめていた。

「デモ、チャント電気ハツイテイルヨ。懐中電灯ミタイナ小サナ光ジャナイカラ、キット開イテイル」

「それならば、この看板も電気がつくはずだが……少なくとも、誰かが中にいるということだけは確かだな」


 腹を押さえながら、坂春は店内の扉を開けた。




 店内は外と同じく、廃虚に近かった。


 ぼろぼろになったソファーに、すすだらけのテーブル。


 それ故に、開店しているかのような明るさの電気が不自然だ。




「アレ、誰カオ客サンガイル……」


 タビアゲハは坂春にしか聞こえない声の大きさで、テーブル席のひとつを指差した。

 その席には家族連れと思われる、ふたりの男女と子供が座っていた。

「……いや、あれは客ではないな」

 坂春は周りを警戒しながら、その家族連れの座っているテーブル席に近づいていく。


 その家族連れは、みな首をソファーにもたれさせていた。

 女性はかかえている子供とともに白目をむいており、男性は口から泡を吐いている。


「これは……気節しているだけだな」

 その家族連れの顔を見て、坂春は店の奥に目を向けた。

「デモ、ドウシテ気ヲ失ッテイルノ?」

「簡単な理由だ。その理由が、やって来たみたいだな」




 坂春の見ている店の奥の調理室から、なにかが動いている。


「オヤ、ソコニイルノハ、オ客サン?」


 タビアゲハとは違った、奇妙な声がふたりの耳に入ってきた。


 やがてふたりの目の前に、巨大なコック帽がやって来た。白い体を右へ左へうねらせながら近づいて来る。身長は約140smとも見えるその体の横には腕のようなものがついており、まるで生き物のようだった。




「……もしかして、おまえがここの料理長か?」

 坂春の質問に、コック帽の生き物はうなずくように体を前方に曲げ、全身を震えさせながら声を出す。

「アア、俺ッチガ、ココノ料理長ダ。チョット訳アリデコンナ姿ニナッチマッタガ、気ニシナイデクレ」

「ソレジャア、コノ人ガ気ヲ失ッテイルノッテ……」

 タビアゲハが気節している家族連れを見ると、コック帽の生き物は不思議そうに体を右にそらせた。

「ヨクワカンナイ人タチナンダヨ。久シブリノオ客サンカト思イキヤ、一斉ニ目ヲ回シテ動カナクナルンダモンナ」

 まったく自分の姿を気にしていない様子。それを見て、タビアゲハは困惑している様子で坂春を見つめ、坂春は頭をかいていた。

「……気づいていないのか? おまえは“変異体”になっているぞ」

「ン? 変異体? ヘンイタイ……ドッカデ聞イタコトガアルヨウナ……ア、ナンカニュースデヤッテイタナ。見タラ恐怖ニ襲ワレルッテヤツカ……」


 コック帽の生き物は思い出すようにうなずいていたが、そのうなずきがだんだんとゆっくりになっていった。


 まるで、なにかを理解していくかのように。


「……エ、モシカシテ、コレガ変異体ニナルッテ意味?」


 坂春とタビアゲハは同時にうなずいた。


「マジカヨ!!? エエッ!!?」

 突然コック帽の生き物が大声を出したかと思うと、自分の体を慌てて観察し始めた。

「エッ、チョ、エッ、変異体ッテ、モットヤベー見タ目ジャッネーノ!!?」

「コック帽に手が生えて動く時点でやばいだろ」

「ア、ソッカ」

 坂春の即答に、コック帽の生き物はピタリと止まった。

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