★変異体ハンター、空き缶を投げ捨てる。

よいこのみんなは、缶を投げて捨てないように。通りかかった彼女のように、危機を与えてしまうから。



 大きな湖の周りを囲む木たち。 


 公園の景色を緑色で添えるために植えられている。


 その湖の側の小道に置かれたゴミ箱に、何かが投げられた。


 その何かは、ゴミ箱の縁に当たり、空中を回転して落ちていく。


 カアンコオンとゴミ箱の底に缶が落ちた音が聞こえた。




「よしっ!! うまく入ったあ!!」


 そのゴミ箱から2m離れたところで、ガッツポーズを取る太めの男がいた。

 ショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われている。




 その頬を、缶が通り抜けていった。


 その缶はゴミ箱の反対側に生えている木に当たると、


 スピンをかけながら男の上を舞い、


 縁に当たることもなく、ゴミ箱の中に入っていった。




大森おおもりさん、そのぐらいではしゃぐのはよくないよう」


 ゴミ箱の右隣に設置されたベンチに座っていた女性が、男を見て鼻で笑った。

 ロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その横には大きなハンドバッグが置かれている。

 スタイルははっきり言って、素晴らしい。


「“晴海はるみ”先輩、よく入りましたね」

 “大森”と呼ばれた男は、関心した目で女性を見た。

「別にこれも難しくはないけどねえ」

 “晴海”と呼ばれた女性は嫌味にも聞こえる言葉を放ちながらベンチから立ち上がる。

「そろそろ休憩は終わりだよお。今日の仕事はすぐには終わらないっぽいから、早く取りかかったほうがいいからねえ」


「あ、ほんのちょっとだけ待ってください! あとちょっとだけ!!」


 歩き始めようとした晴海を、ポケットに手をつっこむ大森が止めた。

 彼はポケットから財布を取り出すと、その財布から小銭を取り出し、ゴミ箱の左隣に設置された自販機の前に立つ。


「ちょっとだけ待つって……まさか斬新な投げ方でわざわざゴミ箱に入れるのお?」

 小銭を自販機に投入する大森を見て、晴海はあきれるように肩に手を当てる。

「いえ、あまり斬新な投げ方は思いつきませんでした。しかし、あの投げ方なら俺だってできますよ。本当にすぐ終わりますから」


 ボタンを押し、取り出し口からオレンジジュースを取り出した大森は、急いでふたを開けて飲み干した。


 それをゴミ箱の反対側の木に狙いを定め、全力速球で空き缶を投げる。


 投げる力が全力速球すぎた。


 確かに空き缶は木に命中した。


 しかし、跳ね返った方向はゴミ箱ではなく、


 近くを通りかかっていた女性の顔に命中した。


「……あ」「あーあ」

 ぼうぜんとする大森に、晴海はめんどうごとから逃げるように足を速めた。

 それとすれ違うように、空き缶をぶつけられた女性が額に手を当て、眉を逆八の字にして大森に近づいてきた。

「あなた!! どういうつもりで缶を投げたんですかっ!!? この顔が傷ついたらどうするつもりですっ!!?」

「あ、ご、す、すすすすみませんでしたぁ!!」


 怒る女性と謝る大森から離れたところで、晴海はため息をついた。

「……これからは缶を投げてゴミ箱に入れるの、辞めておこおっと」






 その公園の向こう側には、緑を感じることはできない場所だった。


 金網で囲まれたその中は、異臭にあふれている。


 それもそのはず、ここはゴミ処理場の最終処分場。


 生まれ変わることが出来なかったゴミたちが、金網の内側に埋め立てられている。


 その入り口の門は閉まっており、錠前がかかっている。

 金網に引っかける形に、看板が設置されている。




 “変異体出現につき、立ち入り禁止”




「依頼の場所は……ここだねえ」

 その門の前に立った晴海は、ハンドバッグの中をかき混ぜ、1本の鍵を取り出す。

 鍵を錠前の鍵穴に差し込み、錠前を外す。錠前と鍵を手の中に握ったまま門を開けて、そのゴミ処理場に足を踏み入れる。


「は……晴海先輩……待ってくださいよ……」

 門を閉めようとした晴海の視界に、大森の姿が入ってきた。

「大森さん、さっきの女の人、どうなったのお?」

「ええ、かんっかんに怒りながら帰って行きました。訴えられなくてホント助かりましたよ……でもなんであそこまで怒るのか……」

「顔面に缶をぶつけたら、それは怒るよお。目に当たって失明することだってあるんだから……まあ、あたしも人のこと、言えないんだけどねえ」


 大森が門をくぐったあと、晴海はその門を閉めた。


 そして、南京錠を再び取り付けた。






 埋め立てられたゴミの山々。


 そこにある緑は、ラベルがわずかに除いているぐらいだけだ。


 自然の緑はここにはない。ここにあっても、ここにはふさわしくない。




「それにしても、以外と狭いんですね」

 ゴミの間をかき分ける大森が辺りを見渡してつぶやく。

「以外って……だいたいこんなものじゃあないのお?」

 前を歩く晴海はハンドバッグを持つ右腕を上げて応えた。

「俺が想像していたのは……こう……ダムぐらいの大きさなんですよ。でも実際に見てみると、運動場ぐらいしかなくて……」


 ふたりがいる場所は、門からそこまで離れていない場所だ。

 その向こう側に、反対側の金網がすぐ見える。


「それってきっと、昔のゴミ処理場だよねえ。教科書のコラムに書いてあるちっちゃいやつ。昔は処理の方法が思いつかなくて、再利用できないものはぽいぽい埋め立てていたってえ」

 晴海の説明に大森は腕を組み、中から物を出そうとするように頭を揺らす。

「んー、あ、思い出してきました! でも今は処理の方法が見つかっているんですか?」

「うん。確か宇宙に飛ばすって方法だったねえ。それまでロケットの費用が高かったけど、それを安く飛ばすことが出来る今では1カ月に一度飛ばしているねえ。それまではひとまず、ここに捨てて置くらしいねえ」

「それじゃあまるで、巨大なゴミ箱っすね……こんなところに本当にいるんっすかね……変異体」




 大森は横のゴミの山に目線を移した。


 移してしまったというべきか。


 大森のポケットから晴海の後ろのポケットに、


 何かが移動したのを見逃したからだ。











 辺りが暗闇に包まれたころ、ゴミ処理場の門の外を照らす街頭がふたりを写し出していた。


 晴海は肩を回してたまった疲れをほぐしており、その隣で大森がスマホで誰かと電話をしている。

「はい……はい……いえいえ、こちらこそ……」

 電話を切ると、大森はスマホを仕舞ながら晴海を見る。

「晴海先輩、ここの駐車の許可が下りました」

「どうもお……やっとここに車を持ってくることができるねえ」

「ええ。この辺りは本来駐車禁止なんっすよね。でも張り込みに必要だから依頼主に交渉したところ、許可が出るまで待っててくれって言われたから徒歩で来たんですから」

「さんざん待たされて許可が下りなかったって言われると思ったけどねえ……まあ、これで門から張り込みができるからいいかあ」

 晴海は腕を思いっきり伸ばし、下ろすとともにため息をつく。そしてすぐに公園の方向に向かって歩き始めた。

「あ、車なら俺が持ってきますよ」

「いや、あれあたしの車だからあたしが持って行くよお。大森さんはここで張り込みしていてくださいねえ」

「……やっぱり、暖かい方を取りますよね」


 落胆する大森を見て晴海は一瞬首をかしげたが、すぐに納得したようにうなずいた。


「そっか。寒い外で待つより車を運転する方が温かいねえ」

「え、それじゃあ変わってくれますか!?」

「もちろんダメだねえ。あたしの車はあまり他人に運転させたくないからねえ」






 公園の小道を出た先にあるコインパーキング。この時間帯は、車はあまり見ない。

 ここに入ってきた晴海は迷わずにココアカラーの車に近づき、乗り込んだ。


「前払い式のコインパーキングにして助かったねえ……思っていたよりも時間かかっちゃったし」

 ダッシュボードに置いてあったチケットを手に取りながら、晴海は独り言をつぶやき、車のキーを挿して回した。


 その時、晴海のポケットから何かが動いた。


「……?」




 動くポケットから出てきたのは、ミミズのような生き物だ。


 まるで生ゴミが集まったかのような肌。しかし、異臭は一切ない。


 目玉のついた頭が大きな口を開けたかと思うと、胴体がどんどん広がった。



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