化けの皮は、剥がれるまで覆い続ける。私の正体も、私の後悔も。

 ふたりの女子は、吐いていた女子を心配していた。


「あ……あの……だいじょうぶですか……?」

 心配そうに尋ねる青パーカーの女子に対して、ローブの少女は何も言わずにうなずいた。

 吐いていた赤パーカーの女子は、黒い液体の残りをヨダレのように垂らしながら、酸素を取り入れようと肩で息をしている。

「先輩、なにがあったんですか!?」

 先ほどまで気楽そうに話していた黄色パーカーの女子も、この時ばかりは真剣な表情で尋ねる。自分のせいで吐かせてしまったことに罪悪感を感じているようだ。


 ローブの少女は黙ったままだった。まるで声を聴かれたくないように。


「お嬢さん、どうしたんだ!?」


 サンドイッチを手に持つ老人が駆け寄ってきた。

 老人は赤いパーカーの女子が吐いているものを見つめると、すぐにバックパックからスポンジのようなものを取り出し、黒い液体を床につけた。


 そのスポンジは、黒い液体を染みひとつも残さず吸い取っていく。


 まるで、掃除機に吸い取られていくように。


「あいつにもらったスポンジがこんなところで役に立つとはな」

 床にパンの残骸だけが残り、老人がつぶやく。その老人にローブの少女が周りに聞こえないような声の大きさで話しかける。

「ドウスレバ……イイノ……?」

「お嬢さんはこの子をつれて人のいないところに連れて行きなさい」


 ローブの少女はうなずくと、赤いパーカーの女子に肩を貸して移動した。


 自動ドアが開き、入店のシグナルが鳴り響く。


「あの……さっき、吐いていませんでしたか?」

「も、もしかして、食中毒?」


 残されたふたりの女子は老人に質問する。


 老人は、「ちょっと気分が悪くなっただけのようだ」と答えた。






 ローブの少女と赤パーカーの女子は、コンビニの裏で座り込んでいた。


 話しかけようとして|躊躇しているのか、ふたりはそれぞれ口を開けようとして、何も言わずに閉じることを繰り返していた。


 先に話しかけてたのは、ローブの少女からだった。


「アノ……アナタッテ……“変異体”?」

 その声の質に、赤パーカーの女子は一瞬だけ驚き、すぐに安心した表情を見せた。

「その声……あなたこそ変異体なんでしょ?」

 ローブの少女はうなずき、フードを少しだけ上げる。


 肌は影のように黒く、本来眼球が収まっているべき部位から青い触覚が生えているのが見えた。


「デモ、見タ目ハ普通ノ人間ミタイダケド……」

 フードを元に戻しながら、ローブの少女……いや、変異体は触覚で赤パーカーの女子の全身をなめるように見る。


 赤パーカーの女子は笑みを浮かべ、右足の靴と靴下を脱ぎ始めた。


「見た目は人間……だけどね、この姿は私じゃないの」




 その女子の右かかとには、傷が見える。




 その中には、細い枝のようなものと無数の目玉が動いている。




「コノ皮ッテ……」


「ええ、これは人間の皮。腐らないようにコーティングされた、新鮮な皮よ」




 そう言って、赤パーカーの女子……人間の皮を被った変異体は右手をローブの少女に差し出した。

「爪で破かないでね」

 ローブの少女はうなずきながら、指の腹でそっとふれる。

「確カニ、人間ノ皮……デモ、イッタイドコデ……」

「この町から離れたところに、昔ながらのガソリンスタンドがあるわ。そこの店長さんは人間の皮をはぎ取ることのできる変異体なの」

「ソレジャア、ハギ取ラレタ人間ハ……?」

 人間の皮を被った変異体は何も言わずに、うつむいた。


 ふたりの間に、沈黙が続いた。




「本当ハ声ダッテ、変ワッテイルワ。でも、あの人にコツを教えてもらって、普通の人間の声も出せるようになったの」




 一瞬だけ声の質を変えた人間の皮を被った変異体。

 彼女の言葉を、ローブの変異体は耳で聴き、触覚で彼女の口を見つめていた。




「あの人は、私が人間に戻りたいっていう願いを真剣に聴いてくれた。そして、彼なりの解決案を教えてくれた」




 人間の皮を被った変異体の目から、黒い液体が流れ落ちた。




「いつも見ているように、私は皮の持ち主になりきることができた。お友達とのやり取りも難なくこなせた。だけど、食べないと怪しまれてしまうと考えちゃって……無理やり食べたら……異物が肺に入ったような感覚があって……」




 右足の傷跡から、黒い液体があふれ出てくる。




 まるで、中にある目玉がひとつひとつ涙を流しているように。




「だいじょうぶ。これは涙だから」




 そういって、傷口の黒い液体を指で拭き取る。




「私の娘も、きっと許してくれているって思ってた。だけど、化け物の姿のまま周りに溶け込んでいるのを見ていると、自分って何をしていたんダロウッテ……ドウシテコンナコトヲシテシマッタンダロウッテ……思ッテルノ」




 目と傷口から出てくる黒い液体は、止まることはなかった。







 その昼、老人とローブの変異体は町から立ち去った。




「アノ人……ダイジョウブナノカナ……」


 ローブの少女は道路の上で、歩きながらも町の方を振り返った。

「心配する必要はないだろう。あのふたりには体調を崩したと言って家に帰ったんだろう?」

 老人は振り向くことなく歩き続けていた。

「ウン……ダケド、モシ気ヅカレタラ……」

「それはお嬢さんもお互いさまだろう」

 少女は自分の着ているローブを見渡した後、「ソッカ」とつぶやいた。


「それに、あの変異体が吐いていたときの、あのふたりの目……まさか見て見ぬふりをしていたんじゃあ……」


 突然つぶやき始めた老人のことばに、少女は立ち止まった。


 老人は立ち止まった少女を見て、

「いや、気のせいだ」

 と言って、静かに笑った。






 その夜、ふたりはガソリンスタンドに立ち寄った。




 人間の皮をはぎ取ることのできる変異体が店長をしているという、



 そのガソリンスタンドには、






 人間の皮以外、誰ひとりいなかった。

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