化け物の唯一の醍醐味、それは、化け物でしか味わえないものだ。

 

 応接間から離れたところにある、大きなダイニングルーム。


 長いテーブルには、まるで大家族が使っているかのように、


 複数のイスが設置されていた。




 イタタタタタ……




 その部屋に、誰かの声が響き渡った。


 声とともにに扉が開き、晴海が部屋に入ってきた。


 彼女が声の主ではないのか、晴海は無表情のまま、


 声の聞こえた方向に目線を向ける。




 テーブルの先に、暖炉があった。






 晴海はハンドバッグから懐中電灯を取り出し、中を照らした。

 火を付けるための木材すらなく、ただ黒い空間が続いているだけだ。


「イタタタタ……」


 声は、この暖炉の中から聞こえてくるようだ。

「どうかしましたかあ?」

 晴海は暖炉の中の空間に向かって声をかけた。


「イキナリ痛ミヲ感ジマシテ……ン? 聞キ慣レナイ声デスナ」


 暖炉から、奇妙な声が響いてきた。


「あなたがウワサにしていた、変異体ハンターですよう」

「オオ、アナタガソウデスカ。ソレデハ、私ヲ殺シテクレルノデスナ?」

 単刀直入に言ってきた暖炉の言葉に、晴海は思わず懐中電灯を落としそうになった。

「自殺志願ですかあ? 残念ながら、理性を失ったという確信がなければ警察に引き渡すことにしているんですよう。他の同業者はその限りではありませんが、少なくともうちはそうですよお」

「ソウハ言ッテイモ、コノ巨体ヲドウヤッテ警察マデ運ブノダネ?」

 晴海は懐中電灯の電源を切りつつ部屋を見渡す。

 暖炉の言っている巨体とは、屋敷全体のことを言っているのだろう。

「重々承知ですよう。それをなんとかしてくれって、警察時代の先輩からいわれてますからあ」

「ホオ、ソレデハナニカ策ガアルノデスカナ?」

「そんなもの、あるわけがないですよう」

「ソレナラ、殺シテシマエバイイノデスヨ」

 暖炉は奇妙な声で笑った。




「あなた、本当は死にたくありませんよねえ?」




 その笑い声が、たった一言で消えていった。




「殺すのは簡単ですよう。ガソリン撒いてライター放り込むだけでいいんですからあ。でも、それならわざわざ警察を呼ばずに、たとえばピンクドレスの彼女に任せてしまえばいいですよねえ」


 晴海の理論から数秒だけたってから、ようやく暖炉は反論する。


「私ガ彼女ニ人殺シヲサセタクナイト言ッタラ?」

「彼女じゃなくても、他の変異体ハンターに直接依頼すればいいんですよう。今回は結局あたしたちが出向きましたが、もし警察がやって来て、ピンクドレスの彼女が屋敷に入るところを目撃したらどうするんですかあ? 変異体をかくまった罪をとがめられますよお」

「……」


 暖炉から、生暖かい息が吹いてきた。


「……私ハ覚悟ヲシテイルツモリダ。ダケド、ショウモナイ未練ガ残ッテイル」


「しょうもないかどうかは、人によりますけどねえ」


「本当ニショウモナイ未練サ。先ホドモ、子供達ガ私ヲ見テ叫ビナガラ逃ゲテイッタ。ソレハ仕方ナイト思ッテイル。ダガ、ドウセ怖ガラレルノナラ、タクサンノ人間ヲ一斉ニ恐レサセタイ。ソレカラ死ンダ方ガ、スッキリスル」


「それは実現できないこと……なんですねえ」


「アア……イヤ、デキナカッタノハ、私ノ覚悟カ」


 その言葉に、晴海の眉が上がる。


「今ココデ、私ヲ警察ニ引キ渡セル手段ヲ思イツキマシタヨ」


 晴海が暖炉に耳を傾けると、暖炉は小さな声でささやいた。






 時間は流れ、夕日が屋敷を照らし始めたころ、


 玄関の扉が開かれ、大森とドレスの女性が現れた。

「それでは、“彼”をよろしくお願いします」

 ドレスの女性は大森にお辞儀する。

「はい。対処方法は相方と相談しますので、任せてください」

 そう大森が告げると、ドレスの女性は何も言わずに立ち去って行ってしまった。


「……」

 大森はしばらく笑顔を保っていたが、女性が見えなくなると落胆したように大きいため息をついた。


「ふられちゃったあ?」


 その声に大森は背を伸ばし、後ろを振り向く。

 玄関の扉の前に晴海が立っていた。

「は……晴海先輩……話は終わったんですか!?」

「もうとっくに終わっているよお。それなのに大森さんが話に夢中になっているんだからあ……あの女性から彼氏がいると聞いてから話が弾まなくなったのは面白かったけどねえ」

「……」


 リンゴのように赤くなった大森は首を振り、話題を切り替えた。

「それで、どうしますか? 変異体の処理は……」

「あ、それなんだけどねえ……大森さん、あたしたちにできることはもうないよお」

「……それって、駆除ですか?」

「ううん……」

 晴海はそこで言葉を止めて、笑みを浮かべた。


「あの変異体、自分でしにいくんだってえ」






 その夜、




 森を抜けた先にある神社。




 さまざまな屋台が建ち並ぶその場所で、




 人々は叫び、逃げていた。




 追いかけてくるのは、




 屋敷だ。




 屋敷が、8本足を生やして走ってくる。






 狂っているのだろうか。





 いや、先ほどから人間をつふさないように、






 匠に足を動かし、かわしていく。






 少なくとも、理性はある。






 それに、警察署への進行方向も間違っていない。






 それならば、ただ、恐怖を楽しむだけだ。






 それが、変異体になったことの唯一の醍醐味だいごみだからだ。

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