化け物バックパッカー、散髪する。

ある共通点から、ふたりは友と再会した。

 


 雑誌の中で立っている者。




 彼らは写真の中で、こちらを見てくる。




 身につけているパーカー、ジーパン、ワンピース……


 帽子、ピアス、ネックレス、指輪……


 そして、奇麗に整えられた髪形を、




 見つめている者にアピールする。




 その商品の購入を、検討させるために。





「“坂春サカハル”サン、何見テイルノ?」


 街中を走るバス。


 その中の席に座っている、怪しげな黒いローブを着た人物が、隣で雑誌を読んでいる老人に話しかける。


「ん? ああ……ヘアスタイルについて見ているんだ」


 “坂春”と呼ばれた、親切そうに話すこの老人、顔が怖い。

 服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショートヘアーにショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。

 前の席のフックに引っかけているのは、黒いバックパック。彼は俗に言うバックパッカーである。


「ヘアスタイルッテ……ナニ?」


 ローブの人物は、やや幼げに首をかしげる。

 その体格は、よく見てみると女性のような体格をしており、顔はフードで隠れて見えない。


「髪形のことだ。この髪も伸びてきたから、そろそろ切ろうと思っていてな……あ」

 老人は思いついたように雑誌を閉じると、ローブの人物に顔を向ける。

「……ちょっとのぞいてもいいか? 決して動くんじゃあないぞ」

「イイケド……」

 彼女が了承すると、老人はフードの中をのぞき、しばらくすると顔を離した。

「……やっぱり、“タビアゲハ”も髪を切ったほうがいいか?」

「髪ッテ……切ラナキャイケナイノ?」

 タビアゲハと呼ばれたローブの人物は、まるで純粋な少女のようにたずねる。

「まあ切らなくてもいいが、長すぎると邪魔になってくるだろう。といっても……」

 突然老人は窓の方を向き、「“変異体”の髪を切ってくれるところがあるかどうかが問題だな……」と、他人には聞き取れない声でつぶやいた。


「……」


 タビアゲハは、無言で坂春の肩をつつく。

 その手は影のように黒く、指先の爪は鋭くとがっていたが、坂春のデニムジャケットが傷つかないように、指の腹でつついていた。


「どうかしたか?」

「前ノ席カラ……」




 前の席の乗客が、顔も出さずに画用紙のようなものを差し出している。


 坂春がそれを受け取ると、前の席の乗客は手を引っ込めた。




 ふたりは渡されたチラシに目線を集中させた。

 ……ひとりは目線とは少しだけ違うが。


 “化け物美容院 〇〇公園の銅像前のマンホールにて営業中

 お客様は化け物とその付き添いの方のみとさせていただきます”


「化け物美容院?」

「〇〇公園ッテ……私タチガ向カッテイルトコロダヨネ?」

 坂春はその手紙を眺めながら、眉をひそめている。

「……それにしても、画用紙にマーカーペンで書くとは……誰かのいたずらじゃないのか? 字も汚いし……」




「……その字は店主が一生懸命書いた字である。確かにも気にはしていたが」




 前の座席からの声に対して、坂春とタビアゲハは互いに顔を見合わせた。

「今ノ声……」「まさか……」


 タビアゲハは、前の席に座っている人物の顔を見ようと、身を乗り出した。



 そこにはひとりの紳士が座席に座っていた。


 一見スーツを身にまとっているように見えるが、よく見るとスーツは黒いパーカーであり、靴もローファーに似せたデザインのサンダルである。アイスのバニラ&ソーダを思わす整った顔つきで、腕を組みながらこちらを見ている。


 その不機嫌な表情は、すぐに驚きの表情に変わった。







 バスは、公園前のバス停に止まる。


 そこで降りたのは、坂春、タビアゲハ、そして紳士の三人だけだった。




「マサカコンナトコロニ会エルナンテ……」


 木が生い茂る公園内の道を歩きながら、タビアゲハは懐かしそうに紳士の顔をのぞいている。

「確か、浜辺でスマホを貴様に進呈して以来だったな。スマホは使っておるか?」

「ウン、アマリ投稿出来テイナイケド……」

「まあ、そのぐらいがちょうどいいであろう。別に強制しているわけではないのだ」


 タビアゲハと紳士が互いにほほ笑み合う。


 そこで会話の区切りが付いたところに、坂春が乱入するように口を開く。


「”信士しんじ“も見たところ、相変わらず変な商品を売って回っているわけか」

 “信士”と呼ばれた紳士は、自分の持つビジネスバッグに目を向けて、ほくそ笑みながらバッグを持ち上げた。

「これを持っているだけで商売を続けていると判断するのか? 我輩のバッグの中にはノートパソコンひとつだけということもありうるのである」

「おまえならノートパソコンだけでも商売をやっていそうなものだがな」


 坂春と信士は互いに笑い合う。それはまるで昔の友人と冗談を言い合っているように。


 話から外れたタビアゲハは、ひとりでなにかをつぶやいた。


「信士ッテ名前ダッタンダ……意外……」

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