化け物バックパッカー、ヒッチハイクする。

道を走る赤い車に向かって、化け物の少女はヒッチハイクを試みる。

 



 夕焼けの下。




 赤茶色の大地を横切るように道路が敷かれている。




 そこを走る車たち。




 車が1台がやって来たかと思うと、まばたきした瞬間に去ってゆく。




 道路の側でその様子を見ていた人物は、誰かの声で振り返った。






「お嬢さん、ちょっと手伝ってくれんか」


 道路の側でテントを組み立て始めようとしていた老人は、車を見つめていた少女に手招きをする。


「ア、ゴメンナサイ。ツイ車ガ気ニナッチャッテ……」


 奇妙な生体で話す少女は黒いローブに包まれており、顔はよくわからない。背中には黒いバックパックを背負っている。


「そうか……そんなに珍しいか?」


 この老人、顔が怖い。黄色いダウンジャケットを着ており、頭にはショッキングピンクのヘアバンドが付いている。

 その足元には少女のものと似たバックパックが置かれている。俗に言うバックパッカーだ。


「ウン。ドコニ向カッテイルンダロウッテ、気ニナッチャッテ」

 少女は立ち上がり、老人のテント張りを手伝い始めた。


 その手は影のように黒く、長い爪だった。




 テントを張り終えたころには、辺りが暗くなっていた。


 ランタンによって輝くテントの外で、老人はコンビニで買ってきたと思われるサンドイッチを口に入れている。その横で少女は夜空を見上げていた。

「星……奇麗ダネ……」

 昼間は快晴だった空は、数々の星の輝きを映し出していた。

「それがどうしたんだ?」

「ソレガッテ……“坂春サカハル”サン、星ヲ見ルタメニ、テントノ外ニデタンジャナイノ?」

「いや、パンくずをテントに落としたら面倒くさいと思って出たんだが」

「……」

 少し落胆したように、少女はため息をついた。

「確かに奇麗かもしれんが、それに何の意味があるんだ?」

「意味ナンテナインダケド……奇麗トハ思ワナイノ?」

「いや、特に」

 老人は興味がなさそうに、再びサンドイッチを口に入れ始めた。


「話ハ変ワルケド、コノ辺リッテ、前ノ街トハ全然雰囲気違ウネ」

「まあ、この辺りの元ネタがアメリカだからなあ」

「アメリカ……ノ国ノ名前ダッケ?」

「ああ、この星は地形や気候の変化が地球と比べて激しい。地球を再現するために、こうしてさまざまな国の特徴が混ぜ合うようにしている」

「ソレジャア地球ノアメリカッテ、ズーット長イ道路ガ続イテイルンダネ」

「ふん、この星でも十分長い」




 “坂春”と呼ばれていた老人はサンドイッチを食べ終わった後、テントの中でシーツの中に潜り込んでいた。

 少女は、テントの中で体育座りをしている。

「お嬢さん、シーツを駆けないと風邪を引くぞ」

「大丈夫。今マデ風邪ヲ引イタコト、ナイカラ」

「それならせめて横にならんか? 俺から見たらつらそうに見えるんだが」

「ソレナンダケド、ナンカコッチノ方ガ落チ着イチャッテ……今マデノ路地裏デハ、コンナ寝方ダッタカラ」

「……そういえば、お嬢さんと一緒に寝るのは初めてだな。せっかくだから、少しでも羽を伸ばしたらいい」

「ソレジャア……誰モ見テイナイヨネ?」

「問題ない」

 それを聞いて、少女はローブのフードを下ろした。




 現れたのは、長い髪。その隙間すきまからは影のように黒い肌、そして青い触覚が見える。よく見ると、その触覚は本来眼球を入れるべき場所から生えている。

 世間では“変異体”と呼ばれる、化け物だ。




 変異体の少女は自分のバックパックを開き、ぬいぐるみを取り出した。

 ちょうのような羽に黒い球体、青色の三つ目がトレードマークの生き物のようなものをモチーフとしたぬいぐるみ。

 それを抱えて、変異体の少女はうつむく。

 眼球代わりの触覚を引っ込ませ、まぶたを閉じる。眠る彼女の顔は、ミステリアスな美しさがある。

 坂春は少女の表情に満足したように笑みを浮かべ、眠りについた。







 光とともに、星が消えていく。




 朝日が道路と1張りのテントを照らす。




 テントから変異体の少女が出てきた。


 瞳を閉じたまま、口に手を当てて大あくびをし、触覚を出す。


 そして、思い出したように「アッ」と声を出し、すぐに被り忘れていたフードを被る。


「お嬢さん、早起きだな」

 今度は坂春が眠い目をこすりながら出てきた。

「ウン。朝ノ空気、美味シイカラ。寝テイルト気ヅカナイノ」

 少女はフードに手をかけたまま、坂春に顔を向ける。

「それでも早すぎるだろう、まだ5時だぞ?」

 坂春の腕時計は、5時14分を指している。

「エ……5時!?」

「そうだ。案外早く起きて……」

「1時間……寝坊シチャッタ……」

「……」




 しばらくして、坂春はテントの中でバックパックの中をあさっていた。


「おかしいな……確かに計算して買ったはずだが……まあいいか」

 コンビニで売られていそうなおにぎりを持ち、テントの外にいる変異体の少女の隣に座った。

 包装フィルムをはがし、その場に置く。少女はそれをつまみ上げ、首をかしげた。

「ネエ坂春サン……ソレ、賞味期限ガ切レテル」

「……ま、まあ大丈夫だろう。1日ぐらい過ぎているだけだ」

「オ腹……壊サナイヨネ?」


「お嬢さん、一度腹を壊したことがあるだけで、俺の胃を見くびっては困るな。伊達に長い年旅をしているわけではない。腹を抱えてうめき声を上げながら歩き、限界点に達して膝をつき、助けを求めるなんてあり得ないだろう」






 数分後、テントが張られていた場所から少しだけ離れたところ。


 腹を抱えてうめき声を上げながら歩く坂春と、心配そうに歩幅を合わせる変異体の少女の姿が見つかった。


「う……うぅ……」

「坂春サン……ハキソウ?」

「い……いや、は……腹が……」

「スグ近クニ、トイレハナイノ?」

「うぅ……」

 変異体の少女は辺りを見渡したのちに、進行方向を凝視した。

 そこには、道路掲示板が立てられていた。


【道の駅 10km先】


「じゅ……10キロでは……間に合わん……」

 限界点に達した坂春は、ついに膝をついた。

「た……頼む……助けて……くれ……」

「ソ……ソンナコト言ワレテモ……」


 困惑する変異体の少女の横を、何かが過ぎ去った。




 少女が道路を向くと、車が走り去っていくのが見えた。




 来た道を振り向くと、赤い車がこちらに向かっている。




 少女は、反射的に親指を立て、ヒッチハイクのポーズを取った。

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