49話「NEW WORLD ~エロム・ヴァウル~(後編)」
飛翔する。
人間同士による【L】の力であったのなら、きっとこの怪物には指先一つ届くことは許されない。
だが___
世界に愛された男であるならば___。
こんな良くも分からない怪物一匹。傷をつけることなど、難しくもない。
『_____ッ!?』
刃は黒い獣の体を引き裂いた。
真っ二つに開かれた切れ目。人間の手では取り除くことも出来ない欲望の壁の先に、粘膜で囚われたコア・浮楽園愛蘭の姿が見える。
「いっけぇええええッ!!」
「……ッ!!」
花園愛留守を放り投げる。
無防備となった、浮楽園愛蘭の元へと。
「愛蘭!」
幼馴染であったという少年の体を抱き寄せる。
「天王じゃない……私は、貴方と“契約”する!」
そして、思いのたけを伝える。
「私は、心の底から“貴方を愛している”ッ!! 最初に出会って、一緒に遊んで、私の事を可愛い女の子と言ってくれたあの日から……ずっと、ずっと大好きだった! これは勢いでも偽りでも何でもない、正真正銘本物の愛! 数年間、貴方に伝えられずに溜め込んできた愛なんだ!!」
それは最早、逆プロポーズだった。
正直な話……あまりにも真っすぐなプロポーズ。
逆に言えば、年相応の少女らしい告白ともいえる。
「一体、あれは……?」
牧瀬は唖然としている。
「あらあら」
「うわ~、大胆ン~」
アスリィとプラグマは呆れながらも、ロマンチックに惚れ込んでいる。
「アルス様……貴方は」
瑠果は夢が叶った少女を前にしても、複雑な表情を浮かべている。
これが、花園愛留守の最後の罪となる。
世界を救うため、彼女は禁忌を犯す。
”友を殺す”。
それは、彼女が心の底から避けたかった事。だけど、それを避けていては彼女の目指す野望を満たすことは出来ない。
「ずっと伝えられなかった。私に関わったら、貴方を“厄”で殺してしまいそうだったから……でも、貴方を救えるのなら、もう躊躇いはしない」
契約。それは【L】の契約だ。
条件は一つ。その人間を愛する事、そして誰かに愛されること。それが同時に発生し、成立した時のみに発現する。
だが、天王のように持て余しすぎる力を持った者にのみ発生するイレギュラーもある。事と次第、【L】の力の膨大さ加減では……一方的な契約だって出来る。
しかし、それを超える愛を証明できたのなら……契約は“塗り替えられる”。
天王に関することの発言を制限し、近寄れば肉体を静止させる。
封印にも近い力だった。今、裁定という別の力を発動させているために、その影響はアルスの体には訪れていないようだが。
「私を愛しているのなら。答えてほしい」
天王に、ではない。
花園愛留守は、囚われの幼馴染へと問う。
これは彼女なりの無理だ。
無理を押し通しての契約は……“執り行われる”。
”なんと、身勝手で。なんと、理不尽で”
『ぐっ、ぐぼおおっ……』
”なんとも、業の深い、繫がりであろうか”。
【L】によって膨大し続けた。その胸の中で孕み続けてきた厄は彼女の力となって、確かに“世界を崩壊させかねない火種”にまで成長した。
その崩壊の火種は、今。
“天王の肉体とこの空間全てに流し込まれていく”。
『やめ、やめろっ……契約、するなっ、契約、をっ』
「……貴方は人間を分かってなんていない。だから、こんな目に合うのよ。最後の最後で」
そうだ、この天王は世界と人間を愛しただろう。
だが……“世界と人間は天王を愛したりなどしなかった”。
その結果だ。
この契約が成立したのは、彼が押し通し続けた傲慢のツケであるのだ。
『こんな、はずはっ、ないっ……! 私は、外の世界から人間を見守り続けたのだぞ……叶えたのだぞ! なのに、どうして、こんなっ……!』
厄はまるで炎のようだ。無防備な肉体を容赦なく燃やし尽くす。
狭間がカスとなっていく。天王の宮殿が、彼の玉座が炭となって消えようとしている。
「勝った、のか……?」
何が起きたのか理解できていない牧瀬は固まっている。
「己が生み出した力と、愛した者に首を絞められるなんて……哀れね、自称全能の神様」
「策士策に溺れる、ってやつだね」
アスリィとプラグマは、消えゆく宮殿を前に悟っていた。
”世界が終わる”。
しかし、それは全ての人類の終わりではない。
”始まりなのだ”。
「姫様っ……!」
この心層世界の崩壊。目の前で果たされた契約。
瑠果は、心の何処かでその全ての意味が分かっている。
「皆さん! 脱出して! 今ならきっと間に合います!」
巨大な黒い獣が燃えていく。その中で、アルスは全員に告げる。
「私は……私の中の厄と、彼と……この繋ぎ目の世界と共に滅びます」
もう、崩壊のカウントダウンは始まっている。
【L】という力、新世界のエネルギーを世に放ち続けていた門を崩壊させる。その創造主と、ずっと救いたいと思っていた大切な友人と共に。
増大した厄が契約者に感染する。そして、世界のコアにも。
新世界のルールが、その全てが滅びようとしている。
「愛留守! お前、最初からっ……」
「行きましょう、刑事さん」
「死にたいのなら残っててもいいけど!」
アルスを放ってはおけない。でも、この場に残って命を無駄にするわけにもいかない。
どっちかで迷っているのなら、花園愛留守の意思を尊重するべきである。迷っている刑事の両手を、アスリィとプラグマの二人は引いていく。
「姫様……貴方の元で仕えた事。一生忘れません」
「……今までありがとう。瑠果。そしてごめんなさい。これから、だというのに」
「いいのです。姫様はお休みください……あとは、お任せください」
最後の別れを告げ、瑠果も三人と共にこの空間から去る。
「”お幸せ”に」
礼と、二人の新たなる旅路への祈りの言葉を残して。
”地獄への道”を選んだ少女の覚悟を、今一度、その身に噛みしめた。
『ぐおっ、ぐぉおお……』
最早、黒い獣は灰になりつつある。
その中に取り残された花園愛留守と浮楽園愛蘭の肉体も、共に厄により蝕まれていた。
『外から人間を見てきた、のに。全部を理解、したのに。どうして、』
「お前、わかっちゃいないよ」
ただ一人、まだこの空間に残ったままの植物人間は告げた。
「人間っていう生き物の全部なんて、理解すんな……アイツの姿、他の奴らから見れば、綺麗で、真っすぐで、美しかったんだろうがよ_____」
燃えていく。消えていく。
「やっぱり俺は、好きにはなれない」
数万数億の命を蝕み続けた業ある口元を隠す仮面。神を名乗る愚か者の意思は今。人間の”身勝手な業”によって、塵となって消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
悲鳴が聞こえる。
慟哭が響いている。
終末が近づいている。
……空間が消えようとしている。宮殿の通路も。
動かない体。微塵であろうと動かせなくなった肉体の中、意識は彷徨っている。
(終わる、のか)
新世界が終ろうとしている。潔奈は感じている。
創造主と共に、無限の彼方なんて生易しいものではなく……無限の闇の中へと。
(俺は、終わる、のかな)
最後まで信じ戦い続けてきた男の末路。
本物の愛を裏切り、虚偽の愛に操られ続けてきた人間の最後。
「いいや」
こんなにも嫌な理不尽、あってたまるものか。
「君には。君のような優しい人間には、まだ……生きる理由があるだろう」
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