46話「Heats Hearts ~極黒の心理~」


 五光最後の一人が立ちはだかる。



「……ここには、天王の器以外は足を踏み入れられないんじゃないのか?」

「ええ。彼としても、心層空間のこの領域には関係者であろうと呼び込まないはずです」……天王。平気を装っても、焦っているようですね」


 念には念を入れて、この世界に信用できる部下を一人呼び込んでおいた。アルスは思った、内心では天王は思ったよりも追い詰められている。


 それほど、ここに揃った連中を脅威と捉えたというわけだ。

 それぞれが天王に因縁があり、天王の世界を拒んでいる。


「引き返せ。まだ間に合う。それでも来るというのなら……次は、確実に“殺さなくてはならない”」

 ガトウは拳を構える。

「ここから先には行かせない。選別は予定通り行わせる」

 五光の一人として、その証を背負ったまま戦う意思を見せているようだ。


「また数百数千の命を奪うつもりか! 何の悪事に手を染めたわけでもない市民達を!」


 牧瀬は拳銃を構える。弾丸はまだある。威嚇射撃に数発の余裕を残すくらいには。


「中には未来を約束された善人の若者たちもいた! 未来を生きる若者たちの為に懸命に生きた大人と老人だっていた! 罪という言葉の意味すらもしらない子供も……! 貴様達はどれだけの命を奪えば気が済むんだ!!」


 この法で未来を奪われた者達は数知れない。

 何か罪を犯したわけでもない。ただ、新人類に選ばれなかっただけ。苦渋の決断で【L】を得ようと足掻き苦しむ者もいた。この時代になってから、沢山の人間の人生が狂ってきた。


 この選別で、また多くの人間の命と未来が奪われる。そして、その世界に怯え狂っていく人間が増え、世界は暗黒に包まれていく。


「力に溺れた傲慢な人間達。暴力を振るうだけの世界が正しいと思えるのか!?」

「……俺には関係ない」


 ガトウは拳を引っ込めるつもりはない。侵入者を排除する。最早撃退の必要もない、抹殺すると睨みつけるのみだ。


「我刀潔奈……久しぶりだな。“高校の時以来”か。出会ったのは」

 

 宮丸瑠果は彼を前に頭を下げる。どうやら、面識はあったようだ。

 正確に言えば、再会とやらは荒の街のアパートメントで果たしてはいる。あの瞬間ではまともに口すら挟めることもなかったために、この場を持っての再会の言葉とする。


「お前は争いごとを好まなかったな。我刀の名を継ごうとしなかったのも、銃すら握れなかったほどの臆病者だったからだ。本当に心優しい人間だった」


 争いごとを好まない。人が苦しむ姿を見たくない。

 この時代においては最早挨拶代わりの代物にまで成り下がった拳銃も握れやしない。生殺与奪の権は【L】があれば持ったも同然となるまでの暴力の世界に対して……ガトウは苦痛の表情を浮かべていた。


「“引き返せ”といったな。“殺したくない”と言ったな。それは恐らく、お前個人の意思表示だな」


 天王からの指示はこうだった。“侵入者を殺せ”と。

 この世界から決して逃がしてはならない。全てに決着をつける為、確実に息の根を止めろと指示を下されていた。


「……答えてくれ。どうして天王に手を貸す。何故、お前のような人間が、この世界を成立させようと奮闘する?」

「お前には……関係ない」


 ガトウは答えない。

 殺気を収める気配はない。天王がこの世界に呼び込んだとだけあって、寝返る気配を全く見せようとしない。


 二人の交渉に耳も傾けようとしない。天王の指示に従う意思を曲げようとはしなかった。



「まぁ、アイツがどういう人間であれ、通してくれないのなら障害だ」


 本来は心優しい人間であろうと、立ちはだかるのなら敵以外何物でもない。

 何もしなければ殺される。殺さなければ殺される。そんな方程式が成立してしまっているこの状況、温情一つで油断するわけには行かない。


 現に向こうは、従わなければ“殺すつもり”でいる。この場から去ろうとしないのなら、何の躊躇いもなく。


「殺すぜ。目障りだからな」


 槍の先端が、ガトウの心臓目掛けて襲い掛かる。


「問答の余地はないとみた……ッ!」


 突っ込んできた威扇の攻撃を、ガトウは防御する。

 細身の体にしては相変わらずの握力だ。特別製の槍を手早く払い、反撃を打ち込もうとガトウは姿勢を前のめりにする。


 この男、【L】が世界に広がるよりも前に、ある程度の自衛として身に着けていたのだという。相手を傷つけず、ただ黙らせるだけの近距離戦闘手段。組み手を。



(……アイツらが言ってたことは、間違いではないみたいだな)


 刃と拳が何度も交じり、その中で幾度となく、ガトウの本心が伝わってくる。

 こうも珍しい。他人に興味がなかった彼が、他人の中身に興味を抱くのは___。


(“迷い”はあるな。この時代、この戦い、何もかもに疑念を持っている)


 瑠果の言う通り、ガトウはこの世界に疑念を覚えている。

 忌み嫌う暴力だけが飛び交う世界。冷酷を装いながらも……その一族の名を背負うことに、嫌いな暴力で敵をねじ伏せる立場に嫌悪を抱いている。



「我刀潔奈! お前はッ!!」

 隙を見て、間に瑠果が呪術を挟み込む。

「くっ……!」

 牧瀬もまた、ガトウの事を多少は知っているようである。躊躇いこそあったが、立ちはだかる敵と認識された以上は、銃口が向けられる。


 発砲。弾丸二発、ガトウの元へ。



「遅いッ」


 不意打ち二発は不発。

 前方にいる敵に手いっぱいであるにもかかわらず、周りへの殺意にも気を流している。別の攻撃の気配を悟ると、即座に回避へと回った。


「厄介、だな」


 ガトウの一番の目的は“アルスの確保”だ。

 それを分かっているからこそ、三人は彼女からつかず離れずの距離を保っている。我刀潔奈の反撃にも対応できるように、助太刀が届く距離を保っている。


「だが、構わない」


 ……三人がかりのフォーメーションだ。

 相手は防御一点に固まるのも無理はない。こうして戦い続ければ、何れは向こうが疲弊し、袋叩きにすることが出来る。



 だが、それだけでは駄目だ。

 向こうの“真の目的”は時間稼ぎ。残り数十分と近づいてきた“裁定”へと間に合わせるための阻害が目的なのだ。


 アルスを守り切れなくても、時間を稼がれても威扇達の負けだ。これ以上手こずっては、向こうの思うつぼである。



(……迷いがない。が、割り切ってやがる)

 ぶつかり際に感じる。

(そうするしかない。そうしなければいけない……この世界がどうであろうと、天王に従わざるを得ない。その理由がある、な?)

 この男は疑念こそ抱いてはいるが、天王への忠誠を曲げようとしない。

 “そうでなければいけない”。自らの意思で戦っている。迷いこそあれど、天王の命令を忠実にこなそうと、一度決めた殺意だけは捻じ曲げようとしない。



「戦い続けても、世界は暗黒に染まる一方だぞ!? お前もそれは分かっているはずだ! なんだ!? お前は天王に何を握られている!?」


 瑠果は何度もガトウに問いかける。


 我刀潔奈はこの世界の秩序の為に戦っているわけでもなく。自分の身の保身のために戦っているわけでもない。それに瑠果も気づいている。


 理由がある。天王に従わないといけない理由がある。

 彼は間違いなく……心の奥底の“何かを握られている”。



「……お前達にはどうすることも出来ない」

 やはり、ガトウは諦めきった回答をするだけだ。

「言ったところで何も出来やしない……俺の、俺の大切なモノは……」

 涙を流しながら、怒り狂った表情で一同を睨みつけるだけだ。


「“檻の中”なんだ……奴の手の中。取り返すことは出来ないんだ……!」


 数度に渡る呼びかけ。何の意味のない質問の連続に、ついに彼は感情をあらわにする。

 

 ___頼むから諦めてくれ。

 ___自分の大切なもののために、この場からいなくなってくれ。


 逆らうことは許されない。

 下がることも、抵抗することも。


 どうしようもない板挟みな状況。

 “ガトウの本来の性格故”に、理不尽の連続を前に、泣き叫び始めたのだ。




「頼むから、死んで、くれ」


 拳を再度構える。

 最後の警告……いや、これは最早“宣告”だ。


 ___確実に殺す。


 己が為に、標的を破壊するという決定事項。



「消えてくれッ!! 俺と! “彼女の”のためにもッ!!」


 世界も他人の事情も知った事じゃない。

 彼は欲望なんかとは違う“渇望”を咆哮するのみだった。



「だからッ___」


 実に耳障り。

 こんなにも聞いてて息苦しい咆哮が今までにあっただろうか。


欲望だけが飛び交うこんな世界で、己の意思を思うがままに叫ぶ姿……本来なら、見慣れた風景のはずなのに、これほどに胸を締め付けられたのは___。








「苦しいのなら、これ以上喋る必要はないわ」





 咆哮を、止める。

 言葉を発する事さえも苦悩な少年は静止する。



「……っ」


 あまりにも一瞬すぎて、ガトウは気づくことが出来なかった。

 威扇、アルス、宮丸瑠果、牧瀬幹雄。その標的にのみ意識を向けていたこともあり、感情を露わにしてしまったことで、隙をつかれた。



 斬撃と電流。

 背中から襲い掛かった“双激”に、反応することが出来なかった。

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