39話「No Regret ~捨てた人間~(前編)」
葬式ムードも甚だしい。
宮丸瑠果も牧瀬幹雄も。どちらも天王への敵意は失せてはいないが、対抗意識そのものは消えてなくなりつつあった。
反撃の狼煙を上げるどころか、その火種が水っぽく萎れたままではどうしようもない。
役に立つはずがない。あんな状態で付いてこられたところで……邪魔になるだけだ。
___やはり、一人で行くべきか。
威扇は二人を見限るつもりでいた。
“微かであれ、未来を考えている人間達でしかない二人”の事なんて。
「空気が悪いんだよ」
一息ついた瞬間。植物人間は槍をその場で振り回す。
「血なまぐさい息ばかり吐きやがって。空気が腐る」
血液。まだ夕暮れ時ではない。深紅とはかけ離れた青空の下の森の中。
一瞬で、緑色の草原は真っ赤な絨毯へと塗り替わる。
いつの間に、そこへ存在していたのかもわからない。
“仮面の処刑人達の返り血”によって、不似合いな真っ赤が具現する。
「君が、言えたことじゃないと思うな」
ゴロゴロと転がる処刑人達。
その後に続くよう歩いて現れたのは___五光のキサナドゥ。
五光の人間。
他の五光のメンツとは違い、己の興味だけで動き続ける無機質な人間だ。
……欲望、野心、目的。今まで目にしてきた五光には胸に何かを抱えていた。
あの荒森羅という男も歪んだエゴではあったが、その内には確かに愛を秘めていた。何かを信じている心をその身に秘めていた。
だが、このキサナドゥという人間は違う。
根本的から何も感じない。片手に添えられた刃、構え方、その振り方全てにおいて、感情が載っていないような気がする。なぁなぁに流されているわけでもない。
ただ、目の前の人間を追求するような、まるでロボットのような。
「君は、何処まで知っているんだい?」
キサナドゥは抑揚のない声で問う。
「この国に来る前にアイドコノマチの政府は調べたんだろう? 天王とか、五光とかさ」
「あぁ、お勉強はしたさ」
アイドコノマチ。国を管理する絶対的存在がいない他の街と比べると、徹底的な秩序を持って、新人類と旧人類を分けている。
窮屈と言うべきか。他の国と違って、違う意味での無法地帯であるが故。権力による一方的な暴力ばかりが降り注ぐこの街は危険な壊滅的快楽で溢れている。
【L】の始まりの地、当然調べなかったわけではない。
天王の名は、この世界において最初に【L】を身に宿したと言われる浮楽園家の御曹司・浮楽園愛蘭。彼は一族の中でも頭角を現し、次第には日本政府を差し置いて国をまとめ上げる存在となった。
その強引。傲慢をやりのけて見みせたのが、あの能力というわけだ。
彼の周囲の人間全ての心を掌握する。歪んだ組織化を図られた一方。浮楽園は残りの面々を集め、五光と愛伝編教を結成したのである。
最初は浮楽園、花園、宮丸、雲仙、我刀の五代一族であったとされている。
しかし、時は流れ、突如として花園と宮丸の名前がその五代一族より名を外れた。そこへ新たに神流と荒の名が入るようになり、今の五光へと切り替わっていた。
「まさか、そこまでゴタゴタした都合があったとはな」
明らかに裏があると思い調べ。この島に訪れ……ついには、花園の一家が追いやられた詳細も、理由もようやく判明した。
天王が言うに、花園が【L】によって受けた恩恵がマイナス面に大きく傾いている事が判明したという事。放置するわけにもいかず、浮楽園は花園の一族を抹消することを選んだ。
「宮丸は花園と深い関わりがあった。宮丸の人間が花園に大きく加担しているとなれば……浮楽園はそれを止めにかかったんだろうな。強引に抹殺してでも」
宮丸の名前が消えたのは、花園と同じく危険分子となりえたから。
「神流、だったか。確かその一族は、宮丸の従属だったな……五光のゴタゴタに多少は関係あるんだろうな。アイツの態度を見ると」
神流信秀。新たに五光の座についた男に対して、彼女は異常なほどの怒りを露わにしていた。普段の冷静さがまるでかけている。落ち着きのない危なっかしい姿を晒してまでも。
宮丸の一族の崩壊は、間違いなく神流が噛んでいる。
「……浮楽園。確か、花園の娘の幼馴染がいる、だったか」
「そうだ。浮楽園愛蘭。花園愛留守」
もう言わなくても分かる。その答えは出ている。
「二人は、【L】が生まれるよりも前に、深い関係を持っていたのさ」
世界が生まれ変わるよりも前に、深いつながりがあった。
因縁ともまた違う。深く絡み合った、溶けようのない因果が。
「友同士、殺し合う関係ね……天王様の慈悲による処刑ってのは、ひとまず理解してやる」
天王が愛留守をしつこく付け狙う理由はわかった。
「問題は姫サンの方だ。アイツが天王を殺そうとする理由がまだ分からない……一族を滅ぼされた恨みなのか。それとも、」
「それを知るためにも、こうしてまだ戦おうとしているのかい」
「……いや」
植物人間は一度だけ口にしていた。
“真実は本人から聞く必要がある”と。
「関係ないね。他人のゴタゴタなんて」
しかし、その為に戦っているわけではないと威は容易く否定した。
「俺はアイツから金をもらうために動いているだけだ。世界に漂うためにな」
「……勝ち目のない戦いだと分かっててもかい?」
天王に挑んで勝ち目があるのか。
近づけば近づくほど、彼の口述だけで心の全てを飲み込まれていく。体力の差でも、運動神経の差でも関係ない。戦闘などすることなく、すべての人間を黙らせてしまうあの存在感。
「面白い人間だよ」
キサナドゥはまたも愉快気だった。
「“まるで死にに行ってるようにしか思えない”……いや“死んだら死んだでそれでいいか”的な感じかな。まるで、あの世に行き損ねた亡霊だ」
この殺し屋の戦いには、未来を見ている気配がない。
どのような局面でもそうだった。勝ち目があるからと戦いを挑んでいたわけではない。
勝ったら勝った。負けたら負けた。
勝敗なんてどっちでもいい。生き残ったのなら生き残ったでいいし、ポックリ死んでしまったのなら死んでしまった、それでいい。
まるで、何もかもがどうでもいい。
“自暴自棄”にも程がある生き方だったと、キサナドゥは言う。
「他の人間とは違いすぎるよ……君は“未来に対しての欲”がない」
欲しい。欲したい。
人間には欲がある。お金に対しても、体に対しても、未来に対しても。
死にたくない。生きていたい。
それくらいの欲望。微塵であれ潜んでいるはずなのだ。
「何故だ。君は何故、死に急ぐわけでもなく、生きようとも願わない。どうしてそこまで、全てを放棄していられる」
考えることをここまで辞めた人間なんて早々いない。
ここまでも人形のように無機質になれてしまう。一体何者なのだろうかと。
「ハッ……お前に話す理由が」
「申し訳ないけれど」
否定を真っ先に口にしようとした彼に先回って、キサナドゥは頭を軽く下げる。
「“天王様は君を見た”。そして、自分もまた興味本位で聞いてしまったよ」
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