32話「Soul Pharse ~天王~」


 分からない。何が起きたのか分からない。

 何かされている。今、間違いなく【L】による攻撃を受けている。


 だが、何をされているのかが分からない。

 目に見えない粘膜で体の自由を奪われているのか。遠距離から電磁波攻撃を受けているのか。目の前の暗殺拳法使いに気を取られている隙に毒針でも埋め込まれたのか。或いは、或いは、或いは……。


 威扇はついに言葉すらも発せなくなった。

 一刻も早く動かないといけないはずだ。今、目の前で護衛対象である花園愛留守が連れ去られている。


「すまないね」


たった一言、詫びの言葉を残したと思いきや、いつの日か見た罰の仮面の五光はその場から去っていく。


『怖がらなくてもいいんだよ。僕は、貴方達の味方なのです』


 まただ。また言葉が聞こえてきた。 

 頭の中、心臓の中。爪の先から髪の毛の先端にまで。囁かれた言葉が浸透していく。金縛りにも近い影響で自由を奪われた肉体の隅々にまで、その感覚が伝わっていく。


(なんだ、喋っているのは誰だ……!?)


『そういえば、自己紹介がまだでしたね。この声が届いている無法者の皆様方……お初にかかります』


 聞こえるのは言葉だけなのに。誰かが頭を下げているような。そんな礼儀良い姿勢を映したビジョンのようなものまでもが浸透していく。


 誰なのか。この声の正体は何なのか。 

 男か女なのかもわからない。中性的というよりは、この世のものとは思えない不気味な感覚を漏らしている。



『僕は天王……【浮楽園愛蘭ふらくえんあらん】』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 動きを封じられたのは植物人間だけではない。

 アパートの中。カギをかけられ閉じ込められたわけでもなく。いつの間にか部屋に侵入したキサナドゥに手を加えられたわけでもない。


(何故だ……体が動かない……震えている……ッ!?)


 何故怯えているのか。何故恐怖しているのか。

 何に怯えているのか。何に恐怖しているのか。


 その全てが謎。目に見えぬ脅威。ただ、体に伝わってくる不思議な声とイメージに対して、この上な嫌悪感と不気味を味わうだけだ。


(天王……、)

 その名を耳にした途端、宮丸瑠果は鳥肌を立てた。

(浮楽園、愛蘭ッ……!!)

 五光に関係する一族に身を寄せていた者であれば、その名を聞いたことがない人物は誰一人としていない。






 浮楽園愛蘭。




 【L】の元素……“五光の中で、最初に【L】を宿した者の一族の人間”。






 現代の浮楽園の当主の名。

 花園愛留守と、そのエージェント。最終目標である敵がわざわざ、この地へと足を踏み入れたのだ。


(この攻撃は……天王の攻撃!?)

『違います。僕はただ、皆さんと分かり合いたいのです』


 これは攻撃でも何でもない。天王はそう告げる。

 身動き取れないこの状況。突如として聞こえてくる謎の声。


(仄村が言っていた……ッ! 城に近づいた瞬間、何かをされたと……天王に全てを支配されたような感覚になったと……ッ!)

『違います。私は皆さんを支配したいわけではありません。お話がしたいだけです』


 驚くしかない。恐怖するしかない。

 言葉一つ発していない。頭で考えてすらいない。心理でひっそりと思い浮かべている全ての妄想と空想が、天王と呼ばれる男に全て見透かされている。


 何処からか。何処からなのか。

 まるで、体全体にその男が入り込んだような。自由なんてものが一切存在しなくなったような。この束縛感だけが体の自由を奪う。


(城からは出てこない、と聞いていたが……まさか、近くにいるのか!?)

『ええ、私は皆さんと助けるために、この身をもって、近くに来ています』


 直接会うことは叶わない。それは、外敵であるからだ。

 こんな時世を嫌う人間は山ほどいる。有名人ほど命を狙われる。ここから遠く離れた場所で、天王は語り掛けている。


 天王には、この場にいる人間のような“戦う力”はないと口にしていた。

 そのために外へ出てくることは早々ない。その身が狙われることを理解しているために、すべての荒行時は部下に任せていると花園愛留守は口にしていた。



(……呪いの、姫君)

 牧瀬はそっと、天王の言葉に耳を傾ける。

(我々を助ける、だと)

 瑠果も耳を傾けざるを得ない。その言葉に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ガトウは指示に従い、身動き一つ取れない威扇を見ているだけだ。

 

(呪い、だと)

『……彼女は貴方達に、隠し事をし続けています。味方を味方だと思っていない。最低な“嘘つき”です』


 攫われてしまった花園愛留守。天王は彼女の事を語り掛ける。


『私には分かる。全て、お見通しなのです……』

 その言葉、脅しでも何でもない真実なのだろう。

 現にここまで言葉一つ発していないのに、イメージしているすべての思考が読み取られている。まるで生を共にしているように、彼がもうひとりの人格としてそこに存在しているかのように……全てを、手中に収められているような感覚、だった。


『……いえ、最低とは言いすぎましたね』

 天王は詫びを入れるように、訂正する。


『ただ生きたいと願う事……そんな事、人間なら誰でも思い浮かべる事です』

(生きたい、だと?)

『ええ、誰もが生きたいと願う。当然の事です』


 まるでオウム返し。というよりは、それが“真理”であるかのように。それが当たり前であると洗脳するかのように語り掛けてくる。頭が真っ白に、天王の思考で埋め尽くされるような不気味さ。


 真っ黒なペンキを正面から被せられているような。そんな感覚だ。


『……貴方達は、知ってると思います。【L】が与えるのは恩恵だけではない……人の奥底で眠る潜在的なモノ。悪意、無意識の悪意でさえも……増幅させてしまうことを』


 悪意。


『厄神。ご存じでしょうか。彼女の家系は……その“末裔”なのです』


 花園。厄を抱える呪われた一族。

 天王は彼女の正体をそう言い切った。


(待て、アイツは“厄を掃う一族の末裔”だろ)


 宮丸。そして、宮丸が仕えていた花園。

 この一族が駆使する“呪術”も。本来ならば、この世に残る“悪意”を掃うために存在している力。威扇はそう調べを着けている。


『はい、その通りです。花園は厄を掃い続けてきました……すべての厄に詳しいのも。この世界から厄という悪夢が減少したのも、すべては花園の人間の成果です』

 古来。江戸の時代より活動を続けていたという呪術の一族。


『ですが、その力を得るために“厄神をその身に宿す”とことも躊躇わなかったのです』


 厄神の遺伝子はいつの日か、娘にも受け継がれていく。

 厄という悪の権化を取り払うために、毒を食って毒を制す。

 その家計の元、花園の人間達は厄をその身に孕んで生き続けてきた。



『……その中でも、少女の呪いは各段に違った。例え、一族の力を使ったとしても、【L】によって増幅された厄は、多くの人間を不幸にした。皆さんも見たはずでしょう?』


 また、囁いて来る。



『“彼女に絡んだ人間は無残な死ばかり遂げてきた”のを』


 仄村紫。一族の人間。そして、その教徒達。

 手を下した人間が違うとはいえ……いずれも残酷な目に。


 協力者の間でも、ろくでもない目に合った者ばかりだった。



『……お話しましょう。少しだけ、真実を』

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