28話「Lost Page ~進まされる一局~ 」
数日前。真天楼、祠の間の前。
「……ふむ?」
一日一回。祠には顔を出している人物がいる。
神流信秀、宮丸の家系亡き後に五光の座を継いだ一族の一人息子である。宮丸同様、古くから呪術を扱う家計の人間だ。
「珍しいな。君がここへ来るなんて」
「やぁ、信秀。今日も崇拝かい?」
祠の間へあまり現れることのない人物が顔を出す。
「あぁ、そうだな。君は何が目的でここに」
「私かい? 私の目的はね」
すれ違い様、サングラスで隠れた目元故、その思考は読み取れない。
……だが、読み取る必要なんてない。
「“そろそろ台本のページを進めようと思ったのさ”」
祠の間の扉の前、その人物は信秀にそっと手を添える。
“青い炎を巻き上げながら、信秀の体が消えていく”。
衣服も、サングラスも、肉体も……信秀の“心臓に突き立てられたナイフ”は、呪いを埋め込まれたかのように、肉体を蝋にして溶かしていく。
「よく出来た人形だ……だが、燃やしてしまえば、どれも同じ“塵になる”」
人形は文字通り、塵となって消えていった。
「さぁ、神流信秀……“地上にいる君”の物語を進めてやろう」
“罰の仮面”をつけた人物は、消える信秀の“人形”の姿を確認することもなく、祠の間へと足を踏み入れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バラ庭園の迷路をかき分け、アスリィはようやく発見する。
弾き返された弾丸を身に受け、その場で気を失って倒れているシスター・シャルラ。急所を外してはいるが、急所を浴びれば耐えきれるはずもない。
ましてや、【L】による筋肉増強。それにより倍以上の速度で返された弾丸だ。
防御のしようもない弾丸は体の中に残ることは当然なく、シャルラの肉体を貫通したまま何処か遠くへと行ってしまった。
「……今日は本当に頭を痛めるわね」
アスリィは目の前で倒れているシャルラを前に溜息を吐く。
「音も聞こえないし、体も重い……プールに放り込まれた気分」
逃げている最中、発砲音も聞こえない弾丸の数を数えるのは本当に地獄だった。それどころか、こんな暗闇の中だ。限界にまで強化した視覚と反射神経がなければ、発砲される弾数を数え切れることはなかった。
九度の確認。その答え合わせとして、最後と思われる一発をシスター・シャルラへと打ち返した。結果、賭けは成功し、シャルラにカウンターを決める事が出来た。
「殺してあげた方が楽かもしれないけど」
アスリィは彼女の生死を確認するまでもなく背を向ける。
「……アンタが死ぬと、あの子たちが露頭に迷ってしまうのよね。慈悲ってわけではないけれど、仕返し程度に“責任”だけ押し付けてあげる」
気遣いでも何でもない。面倒ごとだけを押し付けて撤退する。
館に残された子供達。荒森羅がいなくなれば、頼れる先はシスター・シャルラのみとなってしまう。そんなシスターもいなくなったとなれば、いよいよもって子供達は再び路頭に迷ってしまう。
何の罪もない子供相手には少しばかり罪悪感が芽生える。かといって、子供全員を何処かへかくまってあげる程お人よしでもないし、そもそもの話、そんな余裕はない。
選んだ道のケジメ。彼女なりの正統主義として、罰することとした。
「さて、と。プラグマに合流しないと」
最強のボディガードを倒したところで、あとは、守ってくれる者が誰もいない館の主を始末するだけだ。面倒ごとに溜息を漏らしながら、アスリィは迷路の脱出を試みる。
(馬鹿めが……ッ!!)
手放したサブマシンガン二丁。拾うまでもない。
“気を持ち直していたシャルラ”は、胸元に隠していたハンドガンをアスリィの後頭部へと向ける。
「大馬鹿ね」
発砲をされるよりも先。
「ッ……」
それは目にも止まらぬ速さの回し蹴りだった。
首元。骨が折れない程度のアスリィの反撃。トリガーを引こうとしたハンドガンを持つシャルラの手の感覚も、侵入者への殺意と共に抹消されてしまう。
シスター・シャルラは反撃のよしもなく、そのまま気を失ってしまった。
「焦りすぎたわね……“丸聞こえ”よ」
負傷が原因で【L】の制御がままなっていない。落ち着いて呼吸を乱さなければチャンスはあったかもしれない。物音を全て消し去れる、その能力をもってすれば。
だが、そんなに焦っていれば、能力に乱れが生じ、物音だって聞こえてくる。
そもそもの話。こんな至近距離にでもいれば、気配で察してしまえるわけだが。
「カギ、借りるわね」
気を失ったシャルラの修道服から館のカギを奪い取る。
これで堂々と正面玄関からお邪魔できる。明日の朝までは目覚めないであろうシャルラをその場に放置し、アスリィは、高見で見渡した記憶を頼りにバラ庭園の脱出を目指した。
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