18話「Doll House ~平和の空気~」


 植物人間がアイドコノマチに上陸してから三日近くが経過した。

 この三日間で起きた内容の数々は“怒涛”という言葉がよく似合う。


 かつて、滅んだはずの“花園家の叛逆”は一切優位に進むことは叶わず、挙句の果てには裏切り者や物量差の暴力を理不尽に叩きつけられる始末。

 よく考えれば、今この日まで窮地を抜け続けた事が奇跡であったというべきか。ついに最悪の事態はやってきてしまった。


「……窓を開けてくれ。このあたりなら、問題はなかろう」


 一台のリムジンが、アイドコノマチを駆ける。

 捕まった愛留守達を乗せた、神流家のリムジンだ。


 その車は“城の周辺”へと向かっている様子はない。


真天楼より離れた“別の街”。権力と暴力に物を言わせる集団ばかりの無法地帯とは違う。


「居心地はどうだい? 気に入らない点があるのなら、すぐにでも言ってほしい」


 リムジンの中にはサングラスの男、信秀がいる。その左右の席には、ボディガード兼、対植物人間用の刺客として雇われたアスリィとプラグマ。


「……お前といるだけでも不愉快だ。可能であれば、我々を降ろしてほしい」


 その対面には、腕を縛られ自由を奪われた面々。

 瑠果、牧瀬、そしてアルス。その三人の左右には、彼女達が直ぐに暴れ出した時にでも対応できるように、仮面兵を二人ほど連れてきている。


「「___っ」」


 瑠果が返した暴言を前に、左右へ座る仮面兵二人はすかさず拳銃を構えた。


「待て、いい」


 しかし、信秀は彼女の無礼を許す。その発言の自由を許したのだ。


「……嫌われたものだな。俺も随分と」

 そっと席を立ち、信秀はサングラスを着けたまま、瑠果に顔を近づける。


「変な行動だけは、避けてくれ給えよ?」

 信秀が取り出したのは、一本のナイフ。

 先端には“猛毒”が塗られている。血液の中に微かでも放り込まれれば、一瞬で体の内部組織が腐り溶ける代物。明らかに人間相手に使うものではない猛毒が。


「……ちっ」

 瑠果は信秀を睨みつけたまま、後ろでモゾモゾと何かを動かしている。


 縛られた両腕の中には、札が一枚だけ握られていた。

 ボチボチと進められていた脱出への手立て。迂闊な行動を見破られていた瑠果は悔しそうな表情を浮かべながら、切り札をあっさりと放棄する。


「刺したければ刺せばどうだ? 今のお前の立場なら、私を容易く殺せるだろうに」

「……君の企みとやらは怖いものでね。出来るなら何かされる前に仕留めてはおきたいが……私の仕事は君達の身柄を引き渡すことだ。勝手な行動は天王様の反感を買う」


 彼女の挑発には乗らず、信秀はナイフを引っ込める。


「天王様はお前達に相応しい罰を用意していらっしゃるようだ」


 手放したお札を確認するが、何か発動されたような形跡は残っていない。お札は使用前でただの紙切れの状態だ。


「_____っ」

 信秀がナイフを引っ込めると、瑠果はまたも苦い表情を浮かべる。

「……やはり怖い女だ。手を出さずに正解だった……“何か仕掛けていたな”?」

 信秀は確信したようだった。瑠果という女は、自分の体そのものに“罠を仕掛けているのではないかと。下手に手を出せば、状況が悪くなる可能性があった。


「すまないが、君の手には乗らないよ」


 そっと席に戻り、笑ったまま信秀は瑠果を見下ろしている。


「すっかり、“王の犬に成り下がったじゃないか”」

 今も尚、作戦の遂行は絶望的になったと思いながらも、瑠果は挑発を続けている。


「今の時代、秩序は天王が握っている。時代の波には逆らえなくてね」

 足を組んでいる信秀が、瑠果の挑発に返す言葉は一つ。

「波に逆らえば飲み込まれる……俺にはまだやりたいことが沢山あるの。死ぬわけには行かんのだよ」

 人差し指を立て、その指を瑠果へと向ける。


「現に、波に逆らった君は“死の一歩手前”。どちらが正しいか、一目瞭然だな」

「……随分と正義の味方面じゃないか」


 己が正しい。そう言わんばかりの何一つ申し訳のなさもない信秀の表情。

 挑発に対して返された挑発を前に、瑠果はより怒りを鮮明に漏らし始めているようだ。


「誇りもプライドも何もない、害虫のように醜い悪党がな」

「……好きなだけ言っておけ。その口を開く自由……今だけは許されているからな」


 信秀は開いた窓の外を見る。

 城下のアイドコノマチは……権力者による一方的な狩りのせいで、とてもじゃないが正常な街とは思えない。

 それだけの無法地帯。窓を開ければ本当なら、跳ねられたハトや野良猫の死骸が目に入る。折角のドライブでは見たくもない地獄絵図だ。


「しかし、タイミングが悪かった。引き取り先の彼がまさか外出中とはね」


 だが、この街は……綺麗だ。

 男も、女も。城下町から離れたこの区間は……争いも何もない平和な世界。


「……おかげで、無駄に動く羽目になった」


 暴力と権力だけを見せびらかす時代にしては、数年前の世界のよう。自我と本能をその身に秘め、晒すこともなく平穏に過ごす……“過去の日常”を思い出させてくれる風景だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 渋滞も何もなく、路上で私的理由にて好き勝手やっている連中もない。綺麗に整備された路面をリムジンが走り続ける事数十分、信秀達は到着する。



 そこはかつて、“監獄として使用されていた場所”。


 数年前まで、多くの死刑囚や殺人犯。或いは濡れ衣を着せられた無実の容疑者ばかりが放り込まれていた施設。執行猶予なんて与えられることはない、死を待つのみの制裁の檻だった場所だ。


「……あまり、ここへは来たくないのだがな」


 本来やってくる必要がなかった場所だった。そのために信秀は溜息を吐く。

 ここは監獄ではあるものの、数年たった今では“刑務所”として利用されていない。今は、別の目的で、違う施設となって扱われている。


 何の裁判も判決も終えていない彼女達を放り込むための檻は、ここではないのだ。


「君達は私についてきたまえ。離れるなよ」

 信秀が指示をすると、仮面兵は拳銃を構えたまま立ち上がる。

 アルス、牧瀬、瑠果は指示に従い立ち上がる。逆らえばその地点で射殺は免れない。瑠果が仕込んでいると思われる罠の仕掛けは気づいているため、瑠果が挑発を仕掛けてくる様子もないと見抜いている。。


 瑠果も今、それを悟っているのか大人しく従う。


 捕まった三人は変な行動を起こすことなく、物静かに信秀へとついていく。



「……アスリィ君とプラグマ君。君達はここに残っていてもらえるかな?」


 リムジンから信秀とボディガードの仮面兵が出る。アスリィとプラグマの二人も外に出ようとすると、信秀は新しい仕事を二人に託した。


「“その人は私達では手に負えないと思うからね”」


 リムジンの席の奥。


 両目、口元、両手両足。寝袋も同然、ミノムシのように拘束された“植物人間”がいる。


 瑠果と違い、何を企んでいるかもわからない要注意危険人物。呼吸以外の自由は一切許されていない殺し屋の監視を、彼女達に言い渡した。


「仰せのままに」

「了解~」


 アスリィとプラグマも、その一件を快く引き受けた。


「では、頼むよ」


 返事を受け取ったところで、信秀は一同を連れて、引き取り先とやらがいる施設の中へと姿を消していった。




「……ふむふむ」

 殺し屋の三人だけが、取り残されたリムジンの中。

 植物人間は大人しくしている。自由を奪われていることもあって、こうして身動き一つ取れないのは当たり前だろうが。


「……すー」


 何にもできないこの状況。視界も塞がって、喋ることも出来ない。呼吸以外の自由が許されないこの状況なら、彼は“暇”で仕方ないし、何のしようもない。


 諦めているのかどうかは分からないが、植物人間は、呑気に“寝息を立てていた”。


「ムカつくッ!」


 プラグマは大声をあげて、植物人間の腹を蹴り上げる。


「んんッ!?」

 攻撃をカバーできるどころか、喋る余裕さえない植物人間は一瞬にして夢の世界から解放されてしまう。


「まずは一発ッ! 次ッ!!」

 また一発。プラグマは蹴りを入れる。

「これは“前に楽しみを取り上げられた分”! んで、コレは、お姉ちゃんに生意気しまくった分!」

 無抵抗の植物人間・威扇に蹴りを入れ続ける。

合計三発、口が開いていれば、胃液を撒き散らしてもおかしくはない。しかし、威扇は苦しい声を上げるのみでそれ以上はない。


「まだ、ムカつくことはあるんだからねぇ~! 鬱憤くらい晴らさせても、」

「それくらいにしておきなさい、プラグマ」


 半永久的に終わることはないだろう八つ当たりに終止符を打ったのは姉の方だ。

 加虐趣味以外にも、サディストな一面があるのかは分からない。ネジも外れたようにヒートアップしようとしたプラグマが止まらなくなる前に、唯一の静止係が即座に動いた。


「生きたまま引き渡すって言ったでしょ。たぶん、この人も一緒だから……でも」


 引き留めた矢先、アスリィも笑顔を浮かべたまま威扇に近づく。





「私もちょっと生意気がムカついたから、一回“刺しておくわ”」


 致命傷にはならない場所。

ガラ空きだった右足に、アスリィは容赦なくナイフを刺す。


「―――ッ!!」

 蹴りだけでも相当なものだったのに、殺害紛いな追い打ちまでやってくる。視界が隠れているのが逆に救いだったのか分からないが、威扇はその激痛に意識を持っていかれかける。


「……」


 痛みを堪えた威扇は“何かつぶやいている”。


「んん? 何かしら?」

 口がふさがれているため、何て言っているのか分からない。

 

 ありえないかもしれないが、命乞いか、強がりか、言い訳か。

 もしくはこんな状況にでも気を動転させかねない挑発を言っているのか。何れのどれも楽しみで仕方ないために、アスリィは塞がれた威扇の口元に耳を近づける。


「えぇっと」


 喉奥で聞こえる言葉、上手く聞き取っていく。




「“ここは何処だ? 目的じゃないんだろう?”」


 ……威扇が口にしたのは挑発でも命乞いでも何でもなく。

 ただの“質問”だった。


「ふふっ、あははっ!」

 思わず、アスリィは吹き出してしまう。


「本当、相変わらず余裕が絶えないのね。貴方……ここまでくると面白いわ!」


 あまりに愉快だったのか。そして痛快だったのか。

 アスリィは年相応。大人一歩手前の少女らしく、うら若き声で笑い続ける。あまりに呼吸が息苦しい・笑い死にだなんて、漫画のような死に方があり得そうだ。


 腹を抑えて笑ったまま、アスリィは席に着いた。


「……いつまでたっても、ムカつく奴だな~」

 足に刺さったままのナイフを、プラグマはトントンと何度も小突く。

「お姉ちゃんの気を引いてさ。ホント、ムカツク~」

 頬を膨らませ、不貞腐れたプラグマの表情はやはり。ちょっとワガママで、年相応の女子らしいイジけた顔だった。


 

「えっと、確かここは」

 元・刑務所。ここが何であったのかは聞かされている。







「ここはね……“娼婦館”よ」


 威扇がただ一つ聞いておきたかった質問に……アスリィは快く答えた。

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