第二部 

プロローグ

 例えば、王政の国があったとする。

 稀代の王が、失墜せずして命を落としたとする。


 王に依存していた民は栄光を捨てられない。

 次代の王はどうするのだろうか。

 民は新王を許容するのだろうか。


 そもそも、新王など現れるのか?



 きっと合言葉は「彼さえいれば」だ。






「——なぜ魔族は人の世に割り込もうとするのか。我々はそれが理解できない。こうして森で暮らす分には何一つ不自由はないというのに」


 ノルノンドの森には、いくつか秘匿された神秘が存在する。人狼の領域よりも進んだ奥地、今言葉を発した「大樹」もその一つだ。

 その幹には、一匹の人狼がもたれかかっている。


「はん、そりゃ負け犬の理屈だよ。全ての命は高みを目指すためにある。より強く、より高く、今よりずっといい場所へ。歴史ってのはそういう気高さの積み重ねだ」


 人狼はそう言うと、手元の果物を口に放り込み、のんびりと咀嚼そしゃくしながら首筋を掻いた。


「ならばそれは愚者の理屈だろう。"気高さ"などに拘泥して命を落とし、挙句種族そのものに難を及ぼすなど愚の骨頂だ」

「賢者サマには分からんだろうけどな、それがイイんだよ。愚かだろうが上のステージに立つこと、それが負け犬の希望なのさ。特に、オレたち魔族のような世界の日陰者にとってはな」


 佇まいは気怠げだが、その語気はいたって明快だった。敢えて平易に表すと、「いかにもお喋り好き」と言った口調だ。果実の破片が辺りに散らばるのを見て、人狼は後悔するように目を瞑ると、芯ごと飲み込んでから改めて口を開いた。


「そういう意味で、アルフェルグやシリウスの爺さんは大きな光だった。負け犬の魂を燃え立たせ人間勝ち馬と競合させた。上下も何もない、同じステージに登り詰めたってワケだ」


 そう語る眼には、ただの懐古とも憧れとも違う、複雑な感情が篭っている。大樹は溜息を——正確にはそれに準じて葉っぱを騒めかせると、また地に響くような声を発した。


「……では、お前はどうするのだ。先代を真似るか?」

「シリウスの爺さんは流石に真似できないな。あの人はオレと違ってワガママだ。そんで思慮不足。カリスマ性は高すぎて参考にもなりゃしない。ま、好きだったけど」


 首を振る人狼の顔は、どこか爽やかだ。


「——オレなりに継いでみせるさ。前よりずっと巧くやる。退魔師連中にも負けやしない」


 若気と自信、微かな憂いを帯びた声だった。


 人狼は大樹から体を起こすと、指を折り数えながらぶつぶつと言語を外れた何かを呟き、ようやっと小さな声で思考を口にした。大樹への報告、あるいは世間話を兼ねていた。


「どうあれアステリアが崩壊したのは事実だ。怪物ジンは死に、陰険スパオリオンイが抜けたお陰で医術、学術はボロボロ。ウザったらしい諜報部隊も大半が機能停止中。戦士は搾りカスの雑魚。警戒すべきは——」


 呆けたような顔が、冷徹に固まる。


「眩しいくらいにイカれた、後継者共だけだ」


 人狼の脳裏によぎったのは、先の戦いの鍵。

 新進気鋭の、狂った退魔師たちの姿だった。


「まずは吸血鬼連中とコンタクトを取る。アイツら、あれだけ日陰好きだったのが太陽の克服に躍起になってやんの。ようやく心打たれたのかねえ」

「異種の仲間集め。影の小僧と同じことを?」

「言ったろ、巧くやるって。森に現れたワケの分からん『バケモン』もそうさ。賢く利用してやる」


 大樹は人狼の話を聞き終わると、ざわざわと森を鳴動させ、一つの自然として思考を巡らせた。樹は中立だ。ただそこに在るものとして、森を脅かされない限り介入する気は元より無かった。


「……我々は、見守らせてもらおう。今まで通り中立にな。——新王、レグルスよ」


 大樹の声に、人狼は自嘲気味に口元を曲げた。

 狼を統べる者の名が獅子皇レグルスとは、皮肉なことだ。"外れている"と己の名にも指差されている。



「だからどうした」と、人狼は吠えた。

 かつての王を思わせる横顔で。










 総じて——





 先の戦いを時代の終わりと捉えるならば。




 これは、新生の物語だ。





——————

アステリアの白雷 第二部一章『黒い果実と星の唄』

次回より始動。


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