第27話 決別の問い
戦いの最中、稲妻が空に走る。ヒューズの放った攻撃を、マリーは視界にはっきりと捉えていた。
あちらの戦いには決着がついたのだと確信し、自然と頬が綻んだ。しかしその笑みに瑞々しさはなく、枯れ木のように生気のない顔を震わせていた。
「もう……少し! みんなが戻るまで、あと少しだけ……耐えなくちゃ……!」
重い腕を上げ、橙色の光を途切れ途切れに放出しながら、砲撃の構えをとる。魔族の波は止まらない。これほどの数の殺意がノルノンドという街の影に潜んでいたと思うと、体の芯を圧されるような感覚に陥った。その大半は恐怖だったが、故郷を脅かす者への怒りと、どうしても分かり合えない二種族への憐憫も含んでいた。
「ここで……止まってッ!」
絞り出したエネルギーが再び光球を作り出し、前に向かって炸裂する。ヒューズがここを離れてから三発目の
熱光が人狼を吹き飛ばしその頭数を減らしていくが、所詮は時間稼ぎだ。光の異能を見せつけることで進軍を鈍らせることはできても、襲い来る敵全てを焼き払うことはできない。
「は、あっ、……まだ、まだ……!」
既に足元が覚束ない。目に映る景色にも黒色が射し始めていた。
それでもマリーは両手を構えた。追い詰められ、他人の命を背負い、身を削る技を連発しながらもマリーは折れない。信条は押し通すもの、約束は守るもの。マリーにとっては当然の理だった。
「もう、一発!」
四発目の砲撃が放たれ、再び人狼を押し戻した。と同時に、マリーの体が大きく揺らぐ。一瞬途切れた意識を引き留め、息を切らしながら立ち続けた。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
好機とばかりに、倒れたものを踏み越えて人狼たちが襲い掛かる。ぶれた体幹を整えることもせず、マリーは光を無理やりに放出した。自身の見据える「限界」である、五発目の
「お疲れさま」
無機質な女性の声が、耳元で囁かれた。
次の瞬間、発砲音が鳴り響いた。拳銃の音だ。
マリーが呆然と目を向けた先には、頭部を撃ち抜かれた数体の人狼が転がっていた。
立っていたのは、ロシェだった。
「ろ、ロシェ先輩……?」
「任務中に突然呼び出されたと思ったら、こんなことになってるなんてね。旅行してたんでしょう? お気の毒さま。もう休んでていいわ」
無表情で撃ち切った拳銃を投げ捨てるロシェ。少し経って、マリーはようやく理解した。アステリアからの援軍が到着したのだ。魔族の侵攻から約一時間、街の状況が伝わったのか、レインあたりが連絡を入れたのかは分からないが、それは確かに窮地に訪れた希望だった。
広場の向こうを見ると、到着した退魔師たちがこちらに走って来るのが分かる。マリーは安堵の息を漏らし、空気の抜けた風船のようにへたりこんだ。
「……大丈夫?」
「は、はい。……えへへ、それにしても。ロシェさんは拳銃使いだったんですね。てっきり、なにかの柔術で戦うのかと、思ってました……」
「なんだ、喋れる程度には元気なのね。よかった」
一年生は、ロシェが実際に魔族と戦う姿を見たことがない。故に「痛点を突く柔術使い」の印象しかなかったが、彼女の持つ天眼の性質上、本気で敵を殺すのなら、もっと効率的な武器があった。
弱点を突いて殺すだけなら、手を使う必要はない。遠距離攻撃さえできればいいのだ。
ロシェが服の下から新たな銃を取り出し、黄金の輝きを放つ眼が人狼の急所を見定める。
その時、街の向こう——ヒューズが向かった方から、今までの人狼とは違う腹の底に響くような遠吠えが上がった。それを聴いた人狼たちは、ロシェを睨み付けたまま二、三歩ゆっくりと退き、一斉に踵を返して道を戻っていった。
「……」
「あれ……ど、どうしたんだろ?」
困惑するマリーに追ずるように、駆け付けた退魔師たちが顔を見合わせる。唐突に戦意を納めた人狼の群れを見つめながら、ロシェはつまらなさそうに銃を仕舞い込んだ。
* * *
「ぎゃあああ……——」
殴打されたシャウラが、電撃に翼を焦がしながら墜落していく。これ以上ない手応えだ。奇しくも飛来時と同じように降下した人面鳥は、受け身を取ることなく衝撃に体を委ねた。
「ここでとどめを……うっ!?」
レインが咄嗟に走り出そうとして、足がもつれたようにして転んだ。異能を使えるようにはなったものの、体が上手く動かないのだ。悔しそうに砂埃を握り締めるレインをよそに、同時に飛び出していたフレッドが体温を上昇させた。
「フレッド!」
「わかってらァ!」
ぴくりと体を震わせるシャウラに向けて、フレッドが脚を踏み込んでキックの態勢に移る。脚に巻き付き燃え上がる炎が、全力で追撃を喰らわせる……その寸前。どこからか現れた2メートル超の体躯が、その蹴りを受け止めた。
「ああ!?」
「——ほう、これは熱いな! 蹴りの威力も申し分ない。まさしく烈火と言ったところか!」
シャウラを守るように立ちはだかる、銀色の毛並みを
「シリウス……!」
体を起こしたレインと、咄嗟に跳び退いたフレッドも顔色を変えた。その佇まいと威圧感、溢れ出る王気に、初対面であってもその正体を悟ったのだ。
「あれが人狼の王……くっ、体が上手く……!」
「……ごめんなさい、レインさん。私の治癒は傷こそ塞げますし体力も多少回復します。けど、その分疲労だけはたくさん溜まってしまうんです」
「それは……って、ちょっと?!」
申し訳なさそうに俯いたフェリシアが、早足でシリウスの方へと近付いていく。彼女の接近に並々ならぬ雰囲気を感じたフレッドは、守るように横に付きながらもフェリシアを押し戻すことはしなかった。
「ヒューズくん、危険なんじゃ……」
「……」
皆が見守る中、フェリシアはシリウスに真っ直ぐな眼差しを向けると、何度か口調を淀ませながら問うた。
「シリウスさん。なんで、こんなことを?」
フェリシアからしてみれば、当然の疑問だっただろう。昨日まで、シリウスや人狼たちに街を襲うようなそぶりは全くなかったのだから。
「……むう。いざ問われると難しいものだな。魔族の世を創るためと言っても、お前は人間だ。若人の夢を助けてやりたかった……これも、お前には伝わらぬ。……すまんな、フェリシア。
シリウスはそう言ってフェリシアの頭に手を伸ばしかけ、フレッドの顔をちらりと見てから止めた。
そして静かに立っているヒューズたちに目線を移すと、剛毅に笑いかけて見せた。
「天晴れだ、アステリアの新兵ども! たった四人でここまで喰い止められるとは、あやつらも思ってもいなかっただろうて!」
そう叫んでから間髪入れずに息を大きく吸うと、シリウスは野太い遠吠えを一つ吐き出した。
次の瞬間には広場にまで迫っていた人狼たちが隊列を組み直し、素早く森の方向へと戻っていった。
「これにて手打ちだ。本隊を呼ばれた方が都合は良かったが、既に目的は果たした」
「目的?」
「言ったであろう、雷の小僧。儂の役目は力の告示。この戦いでこちらの「小指」は見せた。存分に警戒し、存分に備えよ。次の戦いはそう遠くない」
シリウスは倒れているシャウラを軽々と抱え上げると、この場にも退魔師がいるにも関わらず背を向けて歩き出した。レインが追撃の意思を見せたが、ヒューズがそれを制止した。
「だ……騙してたんですか?」
フェリシアの悲痛な声が、シリウスを止める。
「七年間……七年間、たくさん笑ってくれたのに。全部嘘っぱちだったんですか?」
「……嘘ではない。だがな、フェリシア。戦いが幕を開けたのだ。人間と魔族の、互いの存続を賭けた戦いだ。お前は人で、儂は人狼。共には暮らせぬ」
涙を堪えるフェリシアに振り向くことなく、シリウスは堂々と胸を張って歩いて行く。
声が届くかという距離に至って、最後に言った。
「理想の世は来る。我が愛よ、迎えの日を待て」
そうして、人狼の王は去った。
ノルノンドの動乱は、今終わりを告げたのだ。
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