第8話 研鑽の日々

「——このように"魔族"と定義される生物には多様な種類があり、その多くが人間と他動物を混交させたような外見をしている。『医療理学科』の連中はそのワケを熱心に研究してたりするな」


 昨日と同じ第一訓練場。地面が抉れたままのそこに、ジンの訓教と重なった足音が響く。

 ヒューズら四人が汗を流しながら走り込む中で、ジンが並走しながら魔族についての授業を行うという、なんとも奇怪な光景であった。


「魔族の総個体数は、あくまで試算だが『おおよそ二百万』とされている。とんでもない数だよな。人前に出てきてヒトを襲う種が限られてるのは幸いだが、それを俺たち対魔科で処理するわけだ」


 教本をめくりながらのらりくらりと口を回すジンに、ヒューズは戸惑いながら割って入った。


「で、現在最も被害の大きい事例が……」

「せ、先生。走りながら、よくそんな流暢に話せますね。俺たち結構なスピードですよ。四周目だし」

「はっは、俺は現役の退魔師だぞ? こんなの朝飯前だ。なんなら兎跳びで教えてやろうか?」


 ジンはそう言って豪快に笑いながら、走るままの速さで宙返りしてみせた。それを見たマリーが目を丸くして拍手する。余裕を保つ程度には体力があるということだろう。異能の性質上バテやすいように見えるが、元来能力者の身体能力は常人を軽く超えているのだ。


「さあ、あと六周だ! 走り終わったら自重トレーニング五セット、同時に授業内容の暗唱テストもするからな!」

「はァ!? アホか! そんな長ったらしい内容覚え切れるわけねーだろ!」

「そっちに対して怒るんだね……」


 やいやいと喋り散らし、しかし脚を止めることはない。真面目に訓練場を走り抜けて、ジンの指定した内容を終えたのはそれから二時間後だった。

 レインは真っ先にテストに合格したものの、他三人、特にフレッドが暗唱に手こずり、随分と長引いてしまった。


「レインちゃん……お水ってこんなに美味しかったんだね……」

「はいはい。いい加減くっつくのやめてよ。君は冷たくて気持ちいいかもしれないけど、僕は暑いんだから」


 マリーはレインにべったりと寄りかかり、そのひんやりとした感触に顔を綻ばせている。「氷」はやはり便利な能力だ。戦闘面はもちろん、温度調節もお手の物。日常に全くと言っていいほど役立たない「雷」の能力者からすると、それはとても羨ましいものだった。


「うおおおお! 熱っちいい!」


 一方のフレッドは長時間の激しい運動で有り余った体温を持て余し、火を吹きながら走り回っている。普段の暴君ぶりも相まって、その滑稽さに場の全員が笑顔になっていた。


「そうだ。先生、まだ聞いてなかったことがあるんですけど」

「お? どうしたヒューズ」

「結局、魔族の弱点ってなんなんですか?」


 休憩の間に、気になっていたことを質問する。初日に言った、弱点についての「あるけど教えない」という文言をヒューズはまだ覚えていた。


「ああ、そりゃ異能だよ」

「え?」

「魔族ってのは大抵凄まじい生命力を持ってる。普通の傷じゃまず死なない。異能を絡めて、かつ人で言う『致命傷』を与えてやればいいんだよ」


 ヒューズは首を捻った。例えば『飛雷』による蹴りで顔面を砕いたとき、魔族が死ななかったのはなぜだろうか。それも質問してみることにした。


「でもあの時は——」

「あの蹴りか? ありゃ異能の攻撃というか『めちゃくちゃ痛い飛び蹴り』だろ。もっと雷を使わないとな!」


 ジンが配慮の欠片もない大声で笑う。肩を落として落ち込んでいると、レインが背中にそっと手を置いて「あの槍なら倒せるよ」と励ましてくれた。


「まあなんだ、技の開発もこの先重要になるぞ。自分の異能を活かし、より効率的に魔族を——っと、すまん。電話だ」


 無機質な着信音を合図に、ジンがそそくさと席を外す。残った四人の間には、糸の緩んだような空気が流れていた。


「技、技なあ。電気の活かし方がイマイチよく分からないんだよな」

「そのまま思い切り落とすのはダメなの? 嵐の日の雷みたいに」

「武器にするのが一番分かりやすいと思うけどね。電気を剣の形に……って、無理か」

「まどろっこしいこと考えずにぶっ放せばいいんだよ。お前の弱っちい雷じゃ無理かも知れねェけどな」


 各々が技についての議論を交わす。持っている力が違ったとしても、その使い方には参考にできる部分が少なからずあるものだ。ヒューズは一言一句を真摯に受け止めながら、自分の異能についてのイメージを膨らませた。


「そういや、レインの槍。あれ妙に手に馴染んだんだよな。俺の電気もすんなり通ったし」

「なんでだろうね? 冷たいのによく握れるなとは思ったけどさ」


 レインはそういうと掌の上で白い冷気を踊らせ、結晶の中から小さな氷のナイフを作り出した。「もう一度試してみなよ」と差し出された持ち手を、ヒューズは恐る恐る握り込んだ。


「……ふっ!」


 毛を僅かに逆立たせ、電流をナイフへと流し込む。透き通った氷が雷光を幾重にも反射すると、強烈な冷気を吐き出すと共に眩く発光し始めた。

 手の方は、これほど酷冷な物体に触れているというのに、やはりその影響を受けていない。手の馴染みも以前の通りであった。


「わ、綺麗……!」

「……うーん、やっぱり力が増してるね。君の雷も僕の氷も、相乗するように強まってる。電気にそんな効力があったかな?」


 知識には自信が無いが、これは通常の電流では起こし得ない現象だろう。それにしても、どうしてこんなことが起きるのか見当が付かなかった。レインの氷にだけ反応するのか、他の異能に対しても力を引き出す効果があるのか。何にせよ、結論を出すには情報が足りない。

 しかし、これが有用であるのは明白だった。


「なあ、レイン」

「なんだい?」

「俺に武器を作ってくれないか?」


流槍エンテルトリア』の例を考えると、レインの氷を利用することは、新たな技を作り出す大きなきっかけになり得る。マリーやフレッドの案ももちろん留意するが、手取り早いのはこちらだ。

 レインは一瞬間を開けてから、嬉しそうに相好を崩した。


「もちろん。何がいい?」

「槍……いや、剣がいいな。教えてくれるか?」

「うん。君の模倣技術なら、教えるのは楽そうだ」


 そう言って満足げに笑い合う二人につられて、マリーもにこにこと頬を緩ませる。二人の戦いを直接見ていないこともあり、詳しい話の内容は理解していないようだったが、人が笑顔でいるだけで喜びを感じるのがマリーだった。


 と、話の折り合いが付いたところで、訓練場から出ていたジンが電話を続けながら戻ってきた。


「——ああ。『黒影』に関してはそのように頼む。……ああ。じゃあな」


 今まで見たこともない真剣な表情で通話を終えたかと思うと、ジンはすぐに元のいやに中年染みた顔に戻り、生徒たちに声を掛けた。


「おーう、待たせたな。大事な連絡が入ったぞ」


 会話を止め、皆がジンの言葉に耳を傾ける。少し勿体ぶるように首を回すと、ぽきぽきと軽快な音が鳴った。


「お前らの次の課題が決まった。——近いうちに、本格的なに移る」


 本格的な仕事、即ち魔族の退治。ジンの一言は、対魔科の四人の気を引き絞り、新たな意気を芽生えさせるのには充分なものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る