第94話 下駄
暖かさに誘われて、散歩のとき下駄に履き替えてみた。靴のときとは、少し勝手が違う。花緒は固めにしてもらった。前壺と指の股の間に隙間を残し、踵が内側後方にはみ出すように履いて、いざ出発。
花緒を指で挟んでいるため、足の指で地面をしっかりつかんでいる感覚がある。また、体の前方に重心がかかる感覚もあって、足が無理なく前に出る。ただ、前重心がわずかなので、大股で歩くのには不向きだ。
下駄は和服を想定した履き物。洋装のときより小股の歩き方になる。小股で、足裏全体を地面に降ろし、重心を前にかけて倒れ込むように次の一歩へつなぐ。慣れれば、長い距離を歩いても疲れにくい。
筋力を鍛えるトレーニングも、最近は器具を使わない「自重トレーニング」が増えてきた。体に負担をかけず、手軽に続けることができる。だが下駄での歩行は、自重そのものを使って、筋力すらさほど使わない。
古武道の達人が年老いても強いのは、筋力に頼らないからではないか。自重を移動させる方向とタイミングによって相手をコントロールできれば、老人の筋力でも若者を制することができる。
暖かさに誘われて、下駄に履き替えた。自重を前にかけ倒れ込む歩き方だ。靴に履き替えたとき同じ歩き方ができれば、ずいぶん楽だろう。この国の文化は奥深い。無理して筋力を鍛える必要は、ないのかもしれない。
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