第15話 不安

 カフカの「変身」は、主人公ザムザが毒虫に変身してしまい、家族が当惑しながら世話をしていくという話。何度読み返しても不思議な本だ。稼ぎ手だったザムザを失い、そのおかげで家族は自立していく。

 ザムザ一人が稼いでいたとき、他の家族は何もしていなかった。ザムザが毒虫になった後、足腰の弱かった父親が働き始める。気弱だった妹も自立し、幸せな未来を予感させながら物語は終わる。

 家族の自立を阻み、幸せを奪っていたザムザは「毒虫」そのもの。毒虫に変身することが家族の自立を促したのは、皮肉でしかない。問題なのは、働いていたザムザに悪気がなかったことだ。

 何かに一生懸命であることは、いいことだとは限らない。盗みや詐欺に一生懸命というのは極端だとしても、一生懸命の目的や意味によっては周りの迷惑。ザムザの稼ぎは、自己満足だったのかもしれない。

 ザムザの変身は、ザムザの本質を明らかにした。変身というより、悪しき存在への「変化(へんげ)」に近い。自分の稼ぎを家族に押しつけながら、ザムザは何の疑問も感じなかったのだろうか。

 作者カフカは、「絶望の名人」と言われるほどネガティブな考え方をしていた。「いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」……カフカの言葉は、自分自身を知る不安に満ちている。

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