第228話 監禁
一切の光を遮断された暗い地下室。
反響する水の音。窓がなく空気の逃げ場は積み重ねられた岩の隙間にしか存在しない。目隠しをしていったいどれほどの時間が経ったのかわからない。
一週間は確実に過ぎた。そろそろ一ヶ月近くになるのではないだろうか。
「そろそろ名前を言う気になったかしら?」
数日に一度、尋問しに来る女性の声は透き通るような綺麗な声だった。
こんな地下室で聞くのはどうにも不釣り合いであるように感じる。
それでいて恐ろしく冷たく心臓圧迫する声。
「覚えてないっすね」
目隠しをされたとき、どんな状況だったのか覚えていない。
闇に潜み、情報を集めるのを生業にしている者を捕まえた相手は気配すら掴めなかった。
「特徴的な話し方をする人なのに、どうして誰もあなたのことを知らないのかしらね。あなたと一緒に捕まえた子たちも、あなたのことを知らないっていうし。
本当に不思議な人ね。あなたの名前さえわかれば、すぐに消してあげるのに」
消す?女性の言葉に、おいらは疑問を覚えたっす。
この女は何を言っているのだろう。世界から人を消すことはできないっす。
いつか人は朽ち果てるっす。それでもそれは世界から消えることにならないはずっす。今度ヨハンさんに聞いてみたいっす。
「ねぇ名無しのゴンベイさん。あなたは私を調べていたわね」
おいらが調べていた人であることはわかっていたっす。
こんなことをする人物だったのかはわからないっすが。
「いったい誰に頼まれたのかしら。まぁ私を調べようと思う人はたくさんいるけれどね。元枢機卿の配下たちかしら?それとも私を厄介だと思う貴族の人たちかしら?私を調べそうな人はたくさんいるからわからないわね。
まさか、ヨハン・ガルガンディアの配下かしら」
おいらは反応しそうになって、無表情を貫いたっす。
長年隠密の仕事をしていれば、こんなこともできてしまうようになるっす。
「それで隠したつもりかしら?」
そんなおいらの反応を見て、おいらが調べていた相手である聖女アクアはおいらをあざ笑ったっす。
「そう、あなたはヨハン・ガルガンディアが寄越したのね。
あなたの名前はわからないけれど。そう、彼は私のところまでたどり着いてくれたのね」
その声においらは身震いを覚えたっす。
おいらは目隠しをされて何も見えないっす。
それでもこの女が狂っていることはわかったす。
「何も話さないのね。今日までたくさんのお話をしたのに」
「……」
「ふふふ。そう、沈黙を守るならそれもいいわ。
それはあなたがヨハン・ガルガンディアを肯定することに変わりないもの。
それにあなたにいい知らせを持ってきたのよ。
どうして私がヨハン・ガルガンディアの名を口にしたかわかるかしら?」
おいらは考えたっす。
もしかしたら他の者たちがヨハン様の名前を出したのかもしれないっす。
でも、そんなことは不可能っす。
おいらが今回連れてきた二人はヨハン様の名前を知らないっす。
でも、おいらは何も話してないっす。
「色々なことを考えているのでしょうね。
でもね、それは無駄。だってあなたは外のことが、何もわからないもの」
外?外とは何を指す?この地下の外か?それとも国外のことか?いったいおいらはどれほど捕まっているっすか。
「あなたを消せなかったことは残念だけど。
あなたに会いに来るのもこれで最後になると思うからいいことを教えてあげるわ。
この場所にヨハン・ガルガンディアが現れたのよ」
おいらは初めて、彼女が強気な理由を知ることができたっす。
どうやって見つけたのか知らないっす。
ヨハン様を見つけたから、おいらをヨハン様の配下だと認識したっすね。
「初めて顔色が変わったわね。
ねぇ教えて、ヨハン・ガルガンディアはどこまで私のことを知っているのかしら?
私はね、彼の全てが知りたいの。そして彼の全てを奪いたいの。
そのために彼が作り上げた物を全て消してあげたわ。
そして今度は、彼自身が私の目の前に現れた。
これはやっぱり神が私に彼を消すチャンスをお与えになったのよね」
この女はおかしいっす。ヨハン様は絶対にここにきてはいけないっす。
「忌まわしい、あの女のようにすぐに消してやるわ」
そこで聖女アクアの声が急に変化する。
それはヨハン様への変質した愛情表現ではなく。誰かを恨むような声色に変わる。
「何かあったっすか?」
これはチャンスかもしれない。
今までこの女はおいらの名前と、どこの出身かをずっと気にしていた。
だが、ヨハン様が現れたことで興奮して、自らの話を始めたのだ。
情報を集めるのに本人の言葉ほど、重要なものはないだろう。
「知りたいのかしら?知りたいのかしら?いいわよ、教えてあげる。
それはね。私がガルガンディア領を消したときの話よ」
聖女アクアはおいらを相手にリン様の話を始めたっす。
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