第220話 聖魔剣 前編

ジャイガントを貫くほど強力な力の放流に包み込まれたヨハンは、赤い光が通り過ぎるまで微動だにしなかった。

死霊王はヨハンが消滅したのではないかと思ってしまった。

ジャイガントの巨体の半分を消滅させるほどのエネルギーなのだ。

それを真面に受けて、ヨハンの小さな体は消滅したのではないかと。

 

死霊王の視線の先で赤い光の放流が収まっていく。

収まった光の中から青い光が現れる。青い光の中にはヨハンが包まれてた。


「ほぅ~すでに聖剣を使いこなすか」

「それはわからない。わからないが、この剣を手にしたときから使い方はわかっていた」


ヨハンは柄を握りしめ、ランスを思う。

まるでランスと共に戦っているような安心感がある。

ここにランスはいない。それでもヨハンには聖剣が共に戦ってくれることで安心できた。


「うむ。貴様は俺と戦う資格があるようだ」

「資格か、まぁ資格を得られたんならお前を倒すことにするよ」

「できるか?」

「やるしかないだろ」


聖剣と魔剣、この世界で対となる剣が対峙する。

ジャイガントと戦ったときのような激しく人智を超える冥王はおらず。

ただ黒騎士だったときと変わらない構えをした冥王の姿があった。


「その構えを見るだけで震えてくるよ」

「そんな調子で俺を倒せるのか」


髑髏の顔を持つ冥王は、楽しそうに歩みを進めた。

ヨハンは構えた状態でそれを待つ。

死人も巨人もいなくなった戦場で、残された魔族と死霊王が二人の戦いを見つめている。ジャイガントの攻撃によって、荒野と化した大地の上で自然に剣を交えた。


キン!


鍔迫り合いも何もない。ただ剣を打ち合わせただけ。

それだけで魔剣の後ろにいた魔族は滅び。

聖剣の後ろにいた者たちは傷を癒した。

相反する力が互いにぶつかり合い、一合、二合と剣をぶつけ合う。

力のぶつかり合いも、スピードの勝負も何もない。

実際ヨハンは魔力強化をしていない。

冥王もただ剣を振っているだけで、剣術などと呼べるものではなかった。


二つの武器の力を確かめ合うように、二人は剣を打ち付け合う。

いったい何合打ち合ったかわからないが、突然二人の動きが止まった。

示し合わせたダンスのように二人の息はピッタリと合っていた。


「そういうことだ」


冥王が何かをヨハンに語る。

ヨハンはため息を吐き、首を横に振る。


「違う!」


二人にしかわからない世界。

彼らの戦いは二人で奏でるように、静かな戦場に小さな音を生み出す。

奏者である二人の剣が何度も打ち鳴らされ、ヨハンの頬や腕に無数の傷が生まれていく。冥王にも同じように傷がついているはずだが、骸骨となった冥王には傷がついたのかわからない。


「だから言ったであろう」

「認めない」


ヨハンの体は徐々にボロボロになっていく。

ヨハンは自ら回復魔法をかけて傷を治していく。


「自ら回復魔法を使うか、そんな奴と戦ったことがあったな。

そうか、貴様のことを思い出したぞ。

いつの戦場だったか、自ら回復魔法をかけて何度も立ち上がる戦士がいたな」

「ああ、黒騎士と初めて出会った時の戦場だな」

「そうか、あのときの奴か。俺が初めて戦場で殺し損ねた奴が、ここまで俺の邪魔するか」


冥王の言葉にヨハンはそれまで使わなかった肉体強化や魔力強化を体へ付加していく。


「あのときよりも俺は強くなった。紫電」


さらに雷魔法で神経速度を増して反射速度を上げる。


「邪魔だけではないさ。お前の行いの全てを否定する。

お前の歩みも、お前の戦いも、お前という存在も認めない。

この世界にお前がいることはイレギュラーだ。

だから、同じイレギュラーである俺が否定する」

「やれるものならやってみろ」


冥王は底冷えするような恐ろしい声で、魔剣を構え直す。


「やるさ。ここからは止まらない」


ヨハンの視界は一瞬で景色を変える。

正面にいたはずの冥王を抜き去り、後頭部から聖剣を振り下ろす。

冥王は魔剣で受け止め、ヨハンは受け止められたことなど気にすることなく、首、肩、背中、腰へと連撃が繰り広げられる。

しかし、全て冥王は魔剣で受け止めた。スピードでは冥王に通じない。

ヨハンはスキルをさらに発動する。

持てるスキルポイントを使い、様々なスキルを開眼していく。

 

開眼したのは豪腕と剣聖と言われるスキルだ。

豪腕は腕力を十倍にしてくれる。

さらに剣聖は剣の技術を全て習得させるスキルだ。

いくら防いでもそれを躱す技は存在する。

ヨハンは今まで使っていた斧ではない武器に戸惑っていたが、使えば使うほど聖剣と自分が一つになっていくように感じていた。

ヨハンは一本の剣となり、聖剣の力と、スキルの技を使って冥王を刃を届かせる。連撃が終わったとき、魔王の四肢は消滅していた。

消滅した四肢はすぐに冥王の力で再生されたがどちらも驚いてはいなかった。


「だろうな」


いくら聖剣で傷をつけても再生する冥王に、ヨハンは納得していた。


「効かぬな」

「どうでもいいさ」


ヨハンは会話しながらも、攻撃を止めることはない。

冥王が守った首、肩、腰へと攻撃を加える。

冥王の首と胴体が離れ、肩から体を斜めに割き、上半身と下半身が分かれた。

それでも冥王の身が滅びることはない。

本来生きているものであれば、首を切り離されて生きていられるはずがない。

冥王に生命という概念は通用しない。


「それで終いか?」


躊躇がヨハンの攻撃を鈍らせる。それを冥王が許すはずがない。

一瞬で冥王は三百六の斬撃をヨハンに向けて放った。

いくらスキルによって技を極めようと、いくら聖剣の力を借りようと、その身すら冥府に落とした冥王にヨハンは及ばなかった。


「なっ!」


開かれていく傷口から、大量の血が吹き出てヨハンは倒れた。

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