第201話 祝賀祭

リンはヨハンの代理として、教会が開くという祝賀祭に参加するため、共和国領にある街へ足を運んできていた。

シーラの魔法で顔を変えてもらい、現在は誰が見てもリンとはわからないようになっている。

解除方法は簡単な呪文を唱えるだけでいいので、変装を解きたいときも苦労をすることはないようにしてくれていた。


「結構賑わっているんですね」


リンに同行したのはシーラ自身だ。

最近はエルフの長としての仕事をシェーラに任せているので、案外時間に余裕がある。そのためシーラも自身に魔法をかけ、エルフとはわからないように変装している。これで変装を解いてもまたかけ直すこともできるのだ。


「そうですね。リンさん」

「私も視察で何度か来たことはありますが、教会ができてからはあまり立ち寄ることができなかったので、久しぶりです」


リンはこの街に何度か来たことがあり、この街の名はミライと言う。

ヨハンがつけた名で。

王国に一番近い人の街であり、他種族関係なく暮らす姿に、ヨハンは未来永劫これが続きますようにと言う意味を込めて、その名前を付けた。


「それよりも見てください。教会はあまり肉を好まないと聞いたのですが、屋店には串肉や丸焼きなんてものもありましたよ」


ヨハンに鍛えられた胃袋を持つリンとシーラは、美味しい食事に目がない。

もちろんヨハンが作るものは美味しいのだが、こういう屋店で食べる食事は雰囲気もあり、特別おいしいような気がするのだ。


「チェックが必要ですね。シーラさん」


リンとシーラは祝賀祭を満喫しながら、夜に行われることになっている聖女の挨拶を待っていた。

この祝賀祭には聖女アクアが参列し、言葉を述べることが決まっている。

ただの祭りであれば、そこまで気にする必要もなかったのが。

教会の最高責任者となった聖女アクアが来るとあっては警戒せずにいられなかった。


「そろそろ時間になりますね」


二人は散々屋店を食べ歩き、人混みを避けるように教会に設置された舞台が見える宿へと戻ってきた。


コンコン


そんな二人の部屋に来客があったのは、聖女の演説が始まる半刻前のことだった。


「誰ですか?」


二人が視察に来ていることは、限られた人間しか知りえないことなのだ。

部屋を訪れるなどありえないとシーラが警戒しながら扉を叩く者に問いかける。


「ジェルミーと申します。ここにリン・ガルガンディア殿がおられると聞きまして、どうか話をさせて頂けないか?」


扉の向こうにいる人物の名前を聞き、リンとシーラは顔を見合わせる。

ジェルミーとは、ガルガンディアの家令を務めた男で、現ガルガンティア領の領主である。ヨハンが反逆者となってからは一切の連絡を絶っていた。


ジェルミーが、この場に来ることはおかしいことであり。

また急な用がなければジェルミー本人がガルガンディアから離れることはない。

そうリンは思い、疑問が浮かんできた。


「お疑いになるのは仕方ありません。

ですが、私は間違いなくガルガンディア家の家令をさせて頂きましたジェルミーでございます。ガルガンディアの地は、聖女アクアに占拠されました。

私の役目はもうないのです」


リンとシーラは顔を見合わせ頷き合った。

たとえ、ジェルミーでなかったとしても、二人ならばどうとでも対処できると判断したのだ。


「わかりました。開けます。ですが、お一人で間違いないですね?」

「間違いございません」


シーラも扉の向こうの気配を探り、ジェルミーが独りであることはわかっている。


「開けます」


シーラが扉を手にかけ、リンが何があってもいいように魔法を構える。

扉の向こうには両手を上げたジェルミーが立っていた。


「お久しぶりです。リン様」


そこには紛れもなくいつも神経質そうな顔をしたジェルミーがいた。

共にガルガンディアを運営していたジェルミーとは、リンも何度も顔を合わせている。結婚式のときは神父までしてくれた恩人なのだ。


「ジェルミーさん、お久しぶりです」

「随分と大人になられましたね」


リンは宿に戻ったときに変装を解除していた。

ジェルミーと合わなくなってから五年の月日が流れているのだ。

リンの容姿は幼い少女の面影がなくなり、美しい女性になっていた。


「本当にジェルミーさんなのですね」


リンは嬉しさで手を差し出し、二人は握手を交わした。

シーラはまだ信用できないと警戒を解いていない。

それでもジェルミーを部屋に招き入れ扉を閉めた。


「それで、どうして私たちがここにいるとわかったのですか?」

「ゴルドナ殿に聞きました。彼とは敵味方に分かれた後も、ヨハン様の連絡役として何度かお会いしておりましたから。

そこでリン殿が今回ここにいらっしゃると聞き、お会いしたいとやってまいりました」

「遠路遥々、ありがとうございます」

「いえ、私の方こそガルガンディアの地を守れず。申し訳ありませんでした」


ジェルミーは、この五年で自分と老け込んで見えた。

かつての生気はなくなり、背中も丸くなっている。

丸い背中をさらに曲げて謝るので、随分と小さくなったと感じた。


「そんなことはどうでもいいのです。彼らには生きる術を与えました。

人はそんなに弱くありません。誰が領主になろうと、彼らは強く生きてくれるでしょう」


リンの言葉にジェルミーは涙を溢した。その姿にこれまでの苦労がうかがえる。


「ジェルミーさん。ご苦労様でした」


リンはジェルミーの肩を抱き、これまでの苦労を労った。


「まだ、話さなければならないことがあるのです」



ジェルミーはそれまでの泣き顔をさらに歪め、辛そうにリンに報告しなければならないことがあった。  


「再会出来たことは嬉しいのですが、なんでしょうか?」

「サク様が、連れ去られました」


ジェルミーの言葉にリンは言葉を失う。

サクは黒騎士の戦いで植物状態になったヨハンの軍師だ。

しかし、ヨハンの治癒魔法で保存状態が保たれていたはずなのだ。

いつか彼女が自然に目覚めるように、リジェネレーションまで施された。


「何があったのですか?」

「聖女アクアはガルガンディアの地に住まう領主たちを異端として、追放していきました。私が命からがら逃げ延びることができたのは、ライスさんとゴルドナ殿のお陰です。ライスさんはすでに亡くなっているものと思われます」


ライスの訃報にリンは口元を抑え、涙を堪える。


「そして、聖女アクアの本当の狙いはサクさんだったのです」

「どうしてサクさんなんですか?彼女はもう話すことも」

「はい。ですが、聖女アクアにはそんなこと関係なかったのでしょう。

彼女は棺にサクさんの体を納めると、自らの指揮する使徒たちを引き揚げさせました。私は聖女アクアがいなくなった隙をつき、逃げることに成功しました。

ですので、それ以上のことはわかりません」


ジェルミーは申し訳なさと、情けなさでますます小さくなっていた。

しかし、リンはジェルミーの気持ちを汲むように肩に手を置き労うことしかできなかった。


「聖女アクアは何を考えているのか……」


シーラが呟くと外が騒がしくなり、聖女アクアが壇上へ上がっていた。


「皆さん、精霊王国連合に教会ができて一年が経ちました。

ミライ街は教会と共にこの一年発展の一途を辿っております。

これも全て皆さんの力と神の導きに寄るものです。

神は更なる発展を求めています。

どうか皆さんのお力でもっと精霊王国連合を発展させてあげてください。

教会はいくらでも皆さんのお力になることをここに宣言します」


聖女の演説に集まった民衆は魅入られたように目を離すことができない。

聖女の美貌に、聖女の優しさに、聖女の言葉に魅せられる。


「やられたわね」


聖女の言葉を聞き、シーラはため息を吐く。

ここに集まっているのはミライの民だけではない。

精霊王国連合に住まう様々な種族が集まっているのだ。

その人々に教会の必要性を説くのに十分な言葉が含まれていた。

教会は見返りを求めない。

その代り無償の奉仕を約束すると言ったのだ。神は何も求めない。

しかし、人には力を貸すというのだ。


「聖女は教会を使って精霊王国連合に侵食してくるようですね」

「そうみたいね。これはヨハン様と相談しなくちゃ」

「はい。ジェルミーさんの報告も伝えなけれなりません」


この日、三人の人間が祝賀祭が終わる前にミライ街から去っていった。

それは戦争とは違う戦いが水面下で動きつつある知らせを伝えるためであった。

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