第130話 閑話 サクとリン

ガルガンディア領は良くも悪くもヨハンが中心で回っている。


ガルガンディア領にはヨハンが集めた優秀な者たちが多くいる。

そのためヨハンがいなくても領として機能する。

だからこそ、ヨハンは常に最前線にその身を投じることができるのだ。

前置きで言った通り、良くも悪くもヨハンが中心なのだ。


「ヨハン様ならばこうするでしょう」


意見を求められたリンがヨハンの代わりに執務を取り仕切っている。

軍事ではサクが、内政ではジェルミーが助けてくれるのは言うまでもない。

しかし、決断を下さす者がいなければ、事は進まないものなのだ。

その決定権を任されているのは本来ヨハンなのだが、不在である今はリンが代わりを務めている。領主代行という立場になる。


ガルガンディア領は現在も拡大を続けている。

未開の地であった森に開拓の手が入り、街作りが行われているのだ。

北にあるライスが管理する地は、順調に王国人が来ても落ち着ける王国風の建物建設が立ち並ぶ。

国境の街から派遣してもらったドワーフの建築家が、王国風の建物を手掛けるので、仕事は早く正確な造りで建てられている。

ライスも報告と同時に自慢しているぐらい立派な建物となっている。


「そろそろ休みますか?」


リンが午前の案件を片付け終えると。

手伝いをしてくれているジェルミーが声をかけてくれる。


「はい。そろそろお昼の時間ですね」

「午後からはいつものあれですからね」

「はい。難しいのですが、ヨハン様のために頑張らないと」

「健気な……」


リンの言葉にジェルミーは苦笑いを浮かべる。

ガルガンディア領では、リンとヨハンの関係は周知の事実である。

どうして未だに結婚をしないのかと疑問に思う者がいるぐらいだ。

しかし、ヨハンの考えを尊重してるリンとしては、ヨハンに何かを言うことはない。

見ている周りの方がやきもきする関係に、ジェルミーも大人としてため息を吐く。


「では、残りはやっておきますので、午後はサクさんのところで頑張ってください」

「はい。頑張ります。少しでも役に立てるようにならないと」

「十分だと思いますよ」


リンの仕草や言動があまりにも健気で、ジェルミーは心打たれる。

ヨハンが帰ってきたら殴ろうと、心に決めて、リンを応援することにした。


「はい。ありがとうございます」


リンはお昼ご飯を食べ終えると、サクが待っている教室の中へと入っていく。

サクは定期的にガルガンディアの主要幹部や軍事関連を任されている者たちを集めて、軍事講義を開いている。

ライスは毎回参加しているし、ゴブリンのトンや、ドワーフのゴルドナも、サクの講習を聞きに来たりする。

リンは少しでもヨハンの役に立ちたいと、自分からサクに申し出て受けさせてもらっているのだ。


「では、本日は相手をいかに罠に追い込むかを話していきます」


講義の内容は、サクが決めて行われるので、毎回違う内容が話されている。

『前回は裏切り者の見分け方と人を信じすぎると痛い目に遭う』という内容だった。リンとしてはためになる講義だっだと思う。


「まず、罠の種類。そしてどうすれば相手が罠にハマりやすいかを説明します」


人を騙して貶めるのはあまり好ましくない。

それを知っていれば自分が騙されることもなくなり、人が騙されそうになっているときに止めてあげることができる。

リンはサクの言葉を聞き洩らさないように必死に講義を聞いている。 


「では、リンさん。心理的な罠の話になりますが、男性が女性に恋をするのは一つの罠ではないでしょうか?」


サクの突然の質問にリンは一瞬何を聞かれてたのかわからなかった。


「えっ、はっはい?」

「では、リンさんはどうやってヨハン様を罠にはめたのでしょう?」


サクの質問の意図を理解してくるうちに、リンの顔は真っ赤に変わっていく。

それを見ていた者は冷やかしの言葉をかけるが、リンは顔を赤くしたまま下に向けてしまった。


「まぁ、リンさんとヨハン様のことはおいておいて、罠とは使いようによって様々な意味を持ちます。それに至るまでの過程が大事だということです。

過程を踏んで結果を得る。罠を張る際は過程を想定して罠を作りましょう」

「「「はい」」」


サクの講義が終わり、顔を赤くしていたリンの下にサクがやってくる。


「リンさん。少し話をしてもよろしいでしょうか?」

「えっ、はい。大丈夫ですよ。サクさんから話があるなんて珍しいですね」


二人はヨハンのサポートをしているが、サクは軍事面、リンは生活面のサポートを主にしているのであまり接点はない。

こうして講義で顔を合わせる以外は、普段話をすることもないのだ。


「あなたに聞きたいことがありまして」

「私にですか?」

「はい。あなたにとってヨハン殿とはどういう人物ですか?」


サクの質問の意味が分からず、リンは首をかしげてしまう。


「アバウトな質問でした。私がセリーヌ様の配下であることはわかっておいでですね」


リンは頭の中で、サクが六羽の一人から派遣されてきたことを思い出す。


「はい。ヨハン様にお聞きしました」

「そのヨハン様に一番近いあなたに聞いてみたいと思ったのです」

「一番近いだなんて……」


リンは照れて、顔を赤くする。


「別に照れることではありません。あなたとヨハン様が恋仲であることは皆知っています」

「恋仲!!!!」

「ええ。ヨハン様は誰よりもあなたを信頼している。

そしてここに集まる者たちも、あなたならヨハン様の代わりが務まると認識している。私自身もあなたならヨハン様と同じ考えで行動できると判断します」


サクの言葉にリンはますます照れるのだが、サクの言葉はそれで終わらない。


「だからこそ、聞きたいのです。ヨハン様と同じ思考を持てるあなたから見て、ヨハン様とはどのような人物なのですか?」


今まで押され気味に話をしていたリンは、初めてサクの顔を見た。

サクはいつも無表情ではあるが、今日のサクはどこか必死だと思えた。

だからこそ、リンは真剣に考えて言葉を告げた。


「ヨハン様はまるで別の世界を見ているような人です」

「別の世界?」

「はい。いつもここではないどこかを思っています。

誰も発想しなかったことを知っていたように話すんです。

それでいて臆病なんですよ。この間なんて虫が出てきて凄く恐がっていましたから。臆病で凄い発想をするんですが、根本は私たちと一緒だと思います」

「我々と同じ?」

「はい。自分のしないといけないことをちゃんとわかっていて。

誰も苦しまない場所を作るために必死で戦ってくれる。

皆と一緒で必死に生きているんだと思います」


サクはリンの言葉を最後まで黙って聞いていた。


「そうですか」


そして話を噛みしめるように一度目を閉じて、開いた時にはいつもの無表情に戻っていた。


そんなサクに、リンは頭を下げて教室から退出した。

もう話すことはないと思ったのだ。

それに対してサクがリンを引き止めることはなかった。

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