第120話 開戦

国境の街で行われた宴は、多くの者たちがヨハンの料理を味わうことになった。

それはたまたま立ち寄った旅人も、国境の街を根城にしている冒険者も、噂を広める吟遊新人も虜にした。 どんな種族も、どんな身分も関係なく。

ヨハンについていけば旨い物が食べられる。人の欲求とは単純なものだ。

食欲を刺激されれば、誰でも次を求めたくなる。

ヨハン・ガルガンディアから離れれば、その次は味わえない。

ヨハンは、彼らにそれだけの衝撃を与えたのだ。


ヨハン自身にそんな目論見などない。

ただ作りたいから作っただけなのだが。

朝から朝食の目玉焼きを焼いているときに次なる道具を閃いた。


「オーブントースターとレンジがほしいな」


連れてきた兵士たちはアイスに任せている。

シェーラには国境の街に着く前から、シーラ・シエラルクへの伝令としてエルフの森に行ってもらっている。

シェーラとリンがいれば食事に減りも早いが、食べてくれる人がいないと寂しいと思うのはヨハンの勝手だろう。


「オーブントースター?レンジ?」


言葉を反復するように、一緒に朝食を摂っているココアが首を傾げる。


「ああ。オーブントースターはパンを簡単に焼いたり、焼き料理を作るのに便利な道具だな。それ専用の容器が必要だけどな。

レンジはマイクロ波を出して水分を暖める装置だ。

まぁ詳しくは使ってもらうときに説明するよ」

「はぁ~」


ココナはまた訳のわからないことを言いだしたと呆れた顔をしていた。


「そんなことよりも、こんなところにいてもいいの?」


ココナは朝食を口に含みながら、問いかけてきた。

あまり表情を動かさないココナが、卵焼きを口に含んで頬を緩ませる。


「別に構わないだろ」


ココナの心配は、本日の朝一で届いた情報を言っていた。


「でもっ!あの化け物がもう一度来るよ」


ココナが恐れる化け物。ネフェリト・ジャイガント。

ヨハン・ガルガンディア宛てに、ネフェリト・ジャイガントから宣戦布告が送られてきた。

相手はヨハンを王国軍第三軍総大将として認めた上で戦いを申し込んできた。

巨人族を倒したのはランスだったが、ネフェリト・ジャイガントが相手として選んだのはヨハンだったのだ。


「俺は確かに一度負けた。だけどもう二度と負けない。

同じ相手に負けるほど俺は弱くない」


朝食の食器を洗い終えて、ココナを見る。


「ヨハン様は……強い」

「ああ。俺は強い。そしてランスもな」


ネフェリト・ジャイガントから宣戦布告が届くと同時期。

ランスと黒騎士が中央で戦いを始めたのだ。戦争が本格的な開戦を告げた。


「ヨハン様は、ランス将軍を信じてるの?」

「ああ。あいつはこの世界の主人公だからな」

「主人公?」


ヨハンは言っている意味が理解できないと、ココナは首を傾げる。

ココナに説明しているようで、自分に言い聞かせるように発していた。


「聖剣を手にして、乙女も手入れた。共に戦う仲間も増え、戦う上での権力も、軍も……ランスの物語は順調に進んでるよ」


残っているのは獣人のお姫さんだが、その内に獣人の事件も起きるだろう。


「俺は目の前のことに集中するだけだ」


ココナはそれ以上何かを言うことはなかった。

食事を終えたヨハンはゴルドーの下へ向かい。

オーブントースターとレンジの説明をココナとゴルドーにして別れた。


国境の街は本当に平和になった。

ドワーフが長を務めるようになり、人間が威張ることがなくなった。

他の種族も街に入り住みやすくなった。

ドワーフは独自の生活習慣を持っている。それは他に口出しをしない。

だから、他の種族の生活習慣にも口を出さない。

互いを尊重できる関係を築くことで、様々なコミュニティーが共存して暮らせている。


「いい街だな」

「そうですね。まさかこれほど上手くいくとは思いませんでしたが」


国境の街を見下ろせる丘に立っていた。

言葉をかけてきた相手に振り返ることはない。


「遅くなりました。シーラ・シエラルク参上いたしました」

「ああ。シーラが来てくれたなら百人力だよ」

「あなた様に私の力が必要かわかりませんが、そう言って頂ければ嬉しく思います」


振り返らなくてもシーラ・シエラルクの存在感は半端でない。

シーラがここにいるということはシェーラが戻ってきているということだ。


「朝に巨人軍がこちらに向かっていると連絡があった」

「そのようですね」

「もうここを戦場にするつもりはない。進軍して巨人族を叩く」

「勝算がお有りなのですね」

「ああ。俺は二度同じ相手には負けない」

「ふふふ。たぶんですが、相手も同じことを思っていると思いますよ」


シーラの言葉にヨハンは初めて振り返った。

そこには絶世のダークエルフの美女がいた。

美しく整った顔。誰よりも輝く銀髪。褐色の肌。美の集大成がそこにあった。

そして、彼女に足りなかったモノが付けたされていた。


「綺麗だな」

「ふふふ。そうですか?年上をからかうモノではないですよ」


彼女は何百年も孤独に生きてきた。

エルフの長として重圧に耐え、緊張と責任に笑うことがなくなっていた。

そんな彼女の表情に笑顔が戻っていた。


「初めてあったときは氷のような冷たい印象を受けた。

今のシーラならばどんな男も虜にできるだろうな」


エルフは綺麗で若い時が永い。それは精神にも反映されるのかもしれない。


「ならばヨハン様が、私の虜になってくださいますか?」


シーラは首を傾げ、問いかけてくる。

あざとい仕草は百人の男をドキリとさせられるだろう。

少女のような儚げな顔をしているのに、何年も齢重ねた妖艶さも兼ね備えているのだ。ヨハンの男心をくすぐってくる。


「もしも、俺にリンがいなければそうなっていただろうな」

「ハッキリと申されるのですね」

「ああ。俺はリンが好きだ。帝国との戦いが終われば、結婚を申し込みたいと思っている」

「焼けますね。ならば勝たねばなりませんね」

「ああ。将軍になった以上。負けは許されない。俺を助けてくれ」

「ふふふ。女性に助けを求めるなど……いえ、心からお支えさせていただきます」


シーラはからかいの言葉を飲み込み、片膝を突いて礼を尽くす方を選んだ。


ゴブリンキングと同様。シーラもヨハンの底知れない力を垣間見たのだ。

そしてそれは、王の器と呼ばれるモノだとは本人だけがまだ知らない。

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