第086号室 2nd wave 同時多発テロ☆ライブ



………ピンポンパンポ〜〜〜ン



『緊急放送、緊急放送、防衛プランBが発動されました。バリケードが火災の為、焼失、既に館内へのゾンビの侵入が確認されています。担当住民は速やかに階段を閉鎖して下さい。それ以外の住民は上の階に避難してください。繰り返します。緊急放送、緊急………』

 

 館内放送からいやに落ち着いた女性の緊急事態宣言が流れる。


 階段へ向かうパナキュルの前方、突き当たりの曲がり角を全力疾走の燃えるゾンビが壁に激突して火の粉を散らし、火災報知器が反応してスプリンクラーから水が散布され始めた。


「う〜わ、もう上がってきてんじゃん!」


 よろめきながら立ち上がった消火されつつあるゾンビをバールのような物でホッケーショット、首の骨を砕く。


「見張りは何やってんだ!?」


 パナキュルの疑問に応えるように今し方ゾンビになったばかりらしい住民が、階段の方から這いずり加速し四つん這いへ、弾かれるかのように立ち上がったかと思えば、がむしゃらなフォームで突っ込んで来る。


「痛い!痛い!!痛い痛い痛い!!!ウォオオオオ!!!!」

「うわ〜もうダメだよアンタ」


 パナキュルには相手が助けを求めているのか、死ぬ直前の言葉を反射的に繰り返しているだけなのか、区別はついていなかったが、どちらにせよ、首は折ると決めていた。


 バールを肩に担いでひらりっと一回転、ゾンビのタックルを危なげなく躱し、回転の勢いを乗せてフルスイング、くの字に曲がる首に更に圧を加えて、横Uの字にへし折った。


 階段に辿り着いたところで予め脇に準備してあった冷蔵庫や家財道具を押し込み、駆け上がって来た皮膚の炭化したゾンビを圧し潰しながら階段を塞ぐと、ひとまず安堵の溜息をついた。


「よ~し、終わった………ひっ!?」


 うなじを風に撫でられ首を竦ませる。


 風の行方を見れば首の無いゾンビが力なく倒れるところで、反対を見れば複合弓コンパウンドボウを構えた、人面をあしらった仰々しい装飾の革鎧に全身を固めたエクセレラが次の矢をつがえていた。


「来てます。きてます。まだ、キテマスワーッ!!」「うわ!やめろって!!」


 悪魔めいた風貌の革鎧から切羽詰まった悲鳴が上がって二の矢を放ち、飛んで突っ伏すパナキュルの頭上を抜けて廊下の奥から現れたゾンビの首を飛ばす。


「何で、ゾンビが上がって来てるんですのぉおお??」

「今、階段塞いだとこだからね!?塞ぐ前に上がってきた奴、倒したら大丈夫だから落ち着いてよ!」


「も〜、そんなの堪りませんわ〜〜ぁ!」


 冷静さを欠いた態度とは裏腹にエクセレラの弓術は冴え渡り、二本同時に放った矢が新たに現れたゾンビの首をポポーンと撥ねる。


 刺又さすまたを手に追いついた教授が顔をしかめて階段を指差した。


「想定していた以上にゾンビの動きが速い。既に上の階にも侵入されているでしょう。封じ込めは失敗です!プランCに移行しましょう」


「「プランC!!?」」


「一度、スカイラウンジまで登って態勢を整え、その後、上から一階ずつ降りて制圧し直します!」


 しかし、上へ向かうのは三人だけでは無い。


 ゾンビから逃れようと階段を登る他の住民達に行く手を阻まれ、最後尾でスプリンクラーの水に濡れて重くなった服を引き摺りながら、迫るゾンビを押し留めて堪える。


「キリがない!人もゾンビもこんなにいたかなあ?」


 パナキュルの言葉に返事をする余裕は、教授とエクセレラには無かった。


 教授が刺又でゾンビを押さえ込みパナキュルがバールで首を折る。エクセレラは矢が尽きたのでもーもーうるさいだけのお荷物になる。


「も〜、矢が無くなってしまいましたわ!あ〜も〜!!も〜………あっ!!!」


 飛んだり跳ねたりしながら、おもむろに階段の手摺りから階下を覗き込んだエクセレラが、一際うるさく叫んだかと思うと、蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。


 釣られて階下を見下ろした教授とパナキュルは、身を乗り出してこちらを見上げる人物の、狂気を孕んだ瞳と歓喜に吊り上がった口元に、恐怖を覚えて息を飲んだ。


 はっと我に帰ったパナキュルが竹籠を頭から外し、コイツが例の相手ならと、ナイフを取り出し舐めてみる。


 すると、これ以上吊り上がることは無いと言うほど、吊り上がっていた相手の口角が更に切れ上がり、暗く淀む喉の奥に銀色に光る柄が現れた。


 あっ、これはダメだと三人が悟り、一向に進まない階段の渋滞にまたダメだと悟る。


 自身の喉の奥に腕を突っ込み柄を抜く。唾液と胃酸に濡れて白銀に輝く細剣レイピアは、明らかに収まっていた胴より長く、鍔の装飾は喉より広くて、封前の吸血姫オリジンヴァンプのソヒィーリヤが人ならざる異形であると示していた。



―――



『『『『………み~~つけたぁ♡♡♡』』』』



―――



 屋上で時間を潰していた団地攻略ガチ勢のエイプリル、ジャック、サモニャンの三人は降って湧いたお手打ちお手伝いターミメードのシンソヒアを見て即座に臨戦態勢を取った。


「今コイツ、隣の屋上から飛び移って来たか?」


 シンソヒアの背後では隣の屋上から全力疾走のダイブを決めて、こちら側のマンション中程のベランダに激突するゾンビのナイアガラが、轟々と轟き渡っていた。



―――



 針仕事をしていたシスターと呪具を誂えていたマイマズマは、背筋を伝う悪寒に顔を見合わせた。


「来ましたか?」「来ましたね?」


 レクリェーションルームに駆け付けた二人は、眠るように死に絶えた住民達の魂を啜る幽世霊嬢ステルスドール、プラズムソヒィの邪悪を知った。



―――



 バーベルプレートが軽々と飛び交いトレーニングルームに居合わせた住民を潰していく中、両手にダンベルを備えたボブと、バーベルを大剣の如く振るうグロウゼアがプレートを叩き落して防御陣形を敷く。


「それは人に向かって投げるもんじゃねえ………!」

「………マナーを知らん奴だ。私が教えてやろうか?」


 人工呼吸器マスクを下げてアンプルをガラス容器ごと嚙み砕いて喉を鳴らす。首筋に並び突き立てられた注射器の中身は既に注ぎ込まれており血管をうごめかす。継ぎ接ぎ友達シャッフルナースのフランソヒィンは細腕に似合わぬ怪力でダンベルラックを床から引き剥がした。





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