第080号室 アウトブレイク



 ゾンビに噛まれた住民達の隔離施設は退屈極まりない。オークのグロウゼアやドワーフのホーリエ含め感染の疑いがある住民はモダン建築の集合住宅を一人一戸宛てがわれ、日に三度の検温と食事の搬入が外部から行われていた。


 隔離された患者達も十分な医療設備の無い団地の中では、タンスの奥に、キッチンの片隅に、テレビ台の中に、はたまたベットの下に忘れ去られていた救急箱から、風邪薬を飲んでみる程度の気休めしか無く、日に日にゾンビ化する者や、ストレスに耐え切れず脱走する者が増え始めた。


「あは、ゾンビ予備軍の人達なんかと一緒にいられるもんですか!私は出て行かせてもらうわ、さようなら!」


 霧の夜にゾンビに噛まれている場面を目撃されて置きながら、かすり傷一つ負っていないホーリエが誰とにも無く呟くと、ベランダから雨樋あまどいを伝って脱走を試み、そのまま滑って落ちていく。


「あああああぁぁぁぁぁ……………!!!」


 小夜曰く、過去ゾンビに噛まれた人間は全て一週間以内にゾンビ化しているらしく、霧の夜に噛まれた被害者達も希望の見えない闘病生活を強いられていた。がしかし、住民達もただ手をこまねいて見ているばかりでは無い。


 文字通り人の屍を礎に、ゾンビ攻略の糸口は見つかりつつあった。


「状況から見て狂犬病に似たウィルス性の感染症だと思われます。空気感染や血液感染はしないようです。噛まれた人や、ゾンビをちょめちょめしたバカな奴のみ発症しているので、唾液等が主な感染経路でしょう。つまり、噛まれない限り大丈夫!」


 窓に格子をはめ込みドアをテーブルで塞いだ一室で、ゾンビ研究の第一人者スティーブ教授が持論を展開し、発表を共同研究者のエルフ、エクセレラが補強する。


「感染から発症までの潜伏期間は約一週間。そして今日は、湖が霧に沈んだ夜から一週間後の朝ですわ。」


 バインダーに挿まれたコピー用紙を白板に貼り付けながら、アルビノのゴブリン、研究助手のパナキュルがアナログのクラウドデータを更新する。


「はい、定時報告で~す。霧の夜に噛まれた人の内、正気で今朝の検温に協力してくれたのは…(ダカダカ)…なんと!…(デン!!)…二人で~~す」


 小躍りを交え満面の笑みでダブルピースを前面に押し出すパナキュルに続き、教授が立ち上がってガッツポーズ、キマしたわーっ!とエクセレラが両手の指を揃えて胸に抱きかかとをはね上げる。


「誰だ、誰が残った!他と何が違う!?」「光が見えましたわ~~っ!?」

「はい、グロウゼアと~あと初日から熱っぽかった人です」


「「熱………!体温で差が出たのでは!?」」

「あ、はい」


 エクセレラと教授の指摘に感染者達の体温記録が見直され、発症した住民達は日が経つにつれ体温が低くなっていくのに対し、生き残った二人は終始高めの体温が維持されていたことが明らかになった。


「は~、オークは基礎体温高めだものね。人間の方は噛まれる前から風邪でも引いてたのかな?」

「ええ、わたくしも同じ意見ですわ。この病原体は熱に対して非常に弱く出来ているようです」


「ここ一週間の平均は、グロウゼアさんが40℃!?高いな。熱っぽかった人の方は………38.5℃!うん、このくらいなら何とかなりそうですね!」


 ゾンビ研究所の面々の活躍は目覚ましく、たった一週間で処方箋を確立すると感染者への解熱剤の投薬は差し止められ、団地の暖房はフル回転、湿気にカビ巣食うのも今は見逃され、唸る加湿器、煙を上げて隔離施設は一棟丸ごとサウナ風呂へと変貌し、真冬用の防寒着で寝袋に詰められた患者達が文句を垂れたのも始めの内だけ、白目を剥いて熱中症になる者が続出したがゾンビになる者はいなかった。


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