第075号室 サマーナイトビーチ フルムーン



 海中から現れた機械生命体、戦闘機型ドラゴンのヴァルキュリーが吸気口を逆回転させコホンと咳払い、勢いよく吹き出した霧が夕日に虹をかけ、身体中を強張らせて怯え切ったパナキュルとホーリエに声にならない悲鳴をあげさせる。


\ハロー 私はアンリミテッド・ワールド・ワークス工業団地バビロニア工場 威力防衛事業部 実行部門 対空1班統括の ヴァルキュリーと申します 羽に付いているのは非正規雇用アルバイトの明日をも知れぬ生体ミサイルの皆さん「「「わー!ハジけたるで!!」」」ハイ この度は ダム決壊の被害状況の確認と事故の調査に参りました/

「ぱ、ぱぱ……パナキュルです」「ホ~~~リエよ」


『バベルの民ガ何故ここに………!?』

\逃がさんのよ!!/


 話の途中で逃げ出したロンリーテイカーに向けてキュリーが生体ミサイルを数発解き放つと、ミサイル達はロケット推進と四足歩行による加速と制動で素早くテイカーに追いつき、針のように鋭く細い牙が並ぶ口で、野犬が集団で獲物を組み伏せるように触手を咥え込み、テイカーの自由を奪った。


\水辺で張っていればいつか出て来るとは思っていたけど はぁ………やっーっと捕まえたわダゴンちゃん バイト君たちーー 殺しちゃダメよーー? ちゃんとダムを造って壊して ウチの工場を水に沈めた謝罪と賠償を引き出してからじゃないとね?/

『ダムの設計は完璧ダッた!ドンナ嵐が来たっテ壊れるはずが無かったンダ!!誰かの陰謀だ!嵌められたんだ!!我々ダゴンは関係ない!!!』


\あらそ~お? でも私の役目は容疑者の確保なの ダム決壊の原因は 同僚のディーゼちゃんが調査するからあなたの話に興味は無いわ? Shut up!!/


 キュリーの合図を受け、更に喚こうとしたテイカーに対して嚙みついていた生体ミサイルが放電を行い昏倒させる。


\さて………私はもう行くけど あなた達 いったいいつまで平和ボケしているつもり?/ 

「え………?」「………なに?」


 昏倒したテイカーを潰さないよう呑み込み、生体ミサイルをコバンザメのように翼に貼り付けながらキュリーが、相変わらずへたり込んでいるパナキュルとホーリエを巨大な単眼キャノピーで交互に見詰め、色眼鏡のように鏡面の瞬膜を被せて目線を気取られぬようにすると、突然上体を下げて猛獣のように構えた。


\………あら 失礼 平和ボケしていたのは私の方だったようね?/

「へえ………?」「………うん?」


 相手の戦力を見誤っていた事に気付いたキュリーは電脳に負荷を掛けて逡巡したのち、戦う意義は無いと瞬膜を戻して構えを解いた。


\折角ですもの 出会いは大切にしましょう?/

「そう………?」「………かしら?」


 パナキュルが吐き出しかけていたかを呑み込み、それに繋げてある糸を奥歯に挟み直すと、ホーリエは襟足をかき分け掴んでいたを離し、何事も無かったかのように髪を直した。


\………平和ボケしていないあなた達には 余計なお世話かもしれないけど 今夜はダムが決壊してから最初の満月よ? あまり夜ふかしせずに しっかり戸締りして ちゃんと朝までおくことをお勧めするわ/

「………私ら、最近この世界に来たばかりでね。あんた、ダムが何とか月が何だとか、もの知った風な口ぶりだけど何者なんだい?」


 身体をほぐすように胸の前で指を絡め、媚びて上目遣うパナキュルの問いにキュリーが答える。


\私は団地ここで生まれて ここで育ったの ここの勝手はよく分かっているつもりよ 誰だろうと何者であろうと たとえ神でさえこの団地の中では 皆等しく捕食対象なりうること 非力で矮小な弱者だということをね あなた達も油断しないことね/

「あは、肝にめーじま~~す」


 首をもたげて吹き出したホーリエが、手の甲で口を押え生返事を返す。


 しばらくの間、見つめ合う両者と薄暗く夜迫る砂浜に沈黙が訪れ、打ち寄せる波が満月に引かれて持ち上がり今宵の満潮は大潮になる。


 目に見えて水かさを増し浜辺を駆け上がる水は、打ち捨てられた砂の城を押し流し、忘れられたビーチボールを浮かべ、月夜を望む住民達の足元を濡らすと同時に、薄ら寒くも生温かい、透けて白くも墨より深いもやを充満させ、視界を遮っていく。


 不安を煽るように静寂は澄み渡り、揺蕩たゆたう風が肌を撫でて無意識に流れた冷や汗を拭い取る。鋭敏に尖る感覚が得も言われぬ危険を感じ、浅い息遣いの中に張り詰めた溜息をつかせる。


 何者かの悲鳴が遠くに響き渡り、二人と一機の肩が跳ねた。


「確かに、今夜は何か違う感じするわね」

「あは、不吉だわ、早く帰りましょう?」


\ええ そうしましょう パナキュルさん ホーリエさん 今日はお会いできてよかったです またいつかの機会に出会うこともあるでしょう その時には是非 今日以上に友好を深め合い〜〜    ………??    背後に感アリ!!!/


 その場で身体を捻って飛び上がり、単眼に瞬膜を降ろして吸気口から空気を取り込み、ブースターを点火したキュリーの身体を、靄を掻き分け現れた幽霊海賊船の女神模る船首像が叩き落す。


『スキを晒したな!!!』

\このガキッ………何ですってぇええ!!?/


 衝撃で海面に叩き付けられたキュリーの口からテイカーが抜け出し、海中へ逃げ込むとものの数秒で闇へ消える。


『や〜い、お前のかぁーちゃん、戦闘機ぃ〜〜〜!!………とうちゃんはドラゴンか?………』

\クソガキがぁああ………!! クッソ〜〜  また 油断したわね!?  クソがぁ………重い 失態だわ ディーゼのガキには黙っておきましょう/


 肉体的にも精神的にも痛手を負ったキュリーは、再びブースターを起動させると、振り向きもせずに靄を切り裂き、夜の空へ沈んで行った。


 膝下程度の水深でありながら幽霊海賊船は座礁する気配なく針路を進め、パナキュルとホーリエの間を引き裂く。


 不気味で陽気な海賊幽霊達の歌声を聴きながら、幽霊船が通り過ぎた後にはお互いの姿はどこにも見当たらず、靄に隠されただけでは無く物理的に隔たりを作られたらしいと、直感で理解する。


「パナキュル〜………パナキュル〜………あは?」


 丘を目指して進むホーリエが、全ての方角から響いているかのような悲鳴と微かな呻き声を聞いて、その場に止まり耳を済ませる。


「すごいな………満月の夜になっただけでこんなに変わるの?ヤバイでしょ、ここ………?」


 遠くの靄に揺らめく光りに誘われ、パナキュルが水を掻き分けて進み、自らの起こした波紋が別の波紋と重なり合うのを見て、何者かの存在を悟り下唇を軽く噛んだ。


「パナキュル〜!?」「ホーリエか?」


 伸ばした腕の先すら見えないほどの濃霧の奥に、蠢く人影を望み、警戒心が心細さに負けて思わず声を掛ける。


 一つ二つと遠間に誰かの悲鳴が聴こえ、近づく人影は生気のない動きを見せる。パナキュルはしまったと目を見開いて頭を抱え、ホーリエはあはっと空気を吸い込み絶叫の準備を整える。


「おお〜ん、ゾンビかぁ………」「きゃああああああああ!!ゾンビよぉおおお!!!」


 月の引力は潮を導くだけで無く、土中に眠る数多の亡骸を地上へと引き摺り上げていた。



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