第051号室 水底団地 ニュー・ランドマークタワー
腐った魚と燃料が不完全燃焼する悪臭に鼻を突かれ、ランドセルを枕に仰向けで眠っていた少女、小夜は身体をビクりと震わせ覚醒し、片肘を突いて半身を起こしてもう片方の手の甲で鼻を押さえ顔を顰めた。
「な………ヤダ、何この臭い」
「起きたか、随分と気持ち良さそうに眠っていたじゃないか?大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ、私、頑丈なの………ん?」
小夜は辺りを見渡し床が壁に、壁が床になった巨大客船の操舵室を見て、小さく顎を引いて唸った。
「………何で船が立っているの?」
「お前の
「そうかしら?………そうだったかも?………じゃあ、私は船をタたせた女って訳ね??」
「………ああ、物の見事におっタてたもんだ」
((………ニヤリ☆))
小夜とダヴィのネタのベクトルには近いモノがあった。
小夜が操舵室から左右に迫り出したブリッジウイングより真下を覗き込み、余りの高さに立ち眩み腰が引ける。
決壊した団地ダムの底より暴かれた、鉄筋コンクリートと珊瑚礁の瓦礫の中に佇む、真珠模様に煌めく”
「火が回って焼かれる前に、こっから出るぞ」
ダヴィが素手でロープつたいに、垂直に立った廊下を悪戦苦闘しながら降ったのを見て、小夜が鼻で嗤う。
「フフン………」
「何してる?置いていくぞ!?」
下から反響して聞こえる声を無視して、小夜は降りた後からでも回収出来るように、慣れた手付きでロープを結び直す。更にランドセルからクライミング用のプーリーを取り出し、母親直伝の緊縛で自らを固定すると、滑らかな懸垂下降を披露して見せた。
「………次からロープは全部、お前に結んでもらう事にしようか」
「ええ、それが良いわね」
何度か道を替え、ロープを結び直しながら降りていく内、下側から立ち上がった通路を煙突として黒煙が昇り始め、底の方で微かに揺らめく炎の光が見えて来た。
「中はダメね?外で行きましょう?」
「そうだな………………」
ダヴィの素っ気ない返しに、下唇を軽く噛み不満げに振り返る小夜、意図を理解したダヴィが片目を強く瞑り小さく唸る。
「………このガキ」
((ニヤリ☆))
二人のネタのベクトルには近いモノがあった。
勢いを増す黒煙に咳き込みながらも、横道を辿り船外へ繋がる窓へ辿り着き、外の様子を伺う。
炎と煙の勢いは相変わらずながら、爆発にも似た金属の爆ける音を鳴らす火災に、何かしらのタイムリミットが迫るのを感じ、互いに相談することもせず、そそり立つ船外の僅かな突起に手を掛け、足を掛け、なるべく安全に、なるべく下を見ないように、なるべく早く降りることを心掛けて進む。
下へ降るにつれ、生き残っていた乗客の姿を見るようになり、併せてゾンビ化した乗客や乗客の腹を破り産まれた寄生生物、妖精の鱗粉を吸い込み錯乱した乗客や乗客を呑み込み腹を肥やした
船後部の船が立ち上がった結果、水が流れ落ちた大きなプール、それを見下ろす迫り出した艦橋のパイプ手摺りに、高所に慣れ恐怖心の麻痺した小夜が、公園のブランコを漕ぐかのように腰掛け、脚を投げ出し絶え間無く上がる生存者達の悲鳴に耳を塞ぐ。
「ちょっと、休憩しましょう」
「なに?この状況でか!?」
「下の火も弱まって来たみたいだし、どうせ大騒ぎもすぐに治まるわ。ここで暫く、異形に気付かれないように、大人しくしていましょう?」
「火が消えてんのは外だけだろ!上から漏れてる煙を見ろ、中身はもう天辺まで燃えてるんじゃないか?第一こんな所で怪物に襲われたら、ひとたまりも無いぞ?」
「大丈夫よ、ゾンビなんて低能に、手摺りの上、歩ける訳ないわ」
グォオオオ………反論し掛けたダヴィの目の端で、ゾンビが手摺りから足を滑らし落ちていく。
「他の怪物が来たらどうするんだ?」
「寄生生物はただ大きいだけの虫よ、この手摺りつるつるだから滑って落ちるわ。それにこの風は妖精の鱗粉を吹き飛ばしてくれるわ。あの触手もぬるぬるだもの、滑って落ちる。火事は〜〜………?」
「?………なんだ??」
小夜の持論を証明するように寄生生物が手摺りから落下、妖精の鱗粉は風に舞い、触手も粘り切れず落ちていき、そして突然、空から飛来した大きな影は、小夜とダヴィの間に割って入り、衝撃で手摺りが根元から抜け落ちた。
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