第048号室 ナイトクルーズ 支配触
咄嗟に顔を背けて遮蔽物へと飛び込んだ教授とダヴィ、そして初めから照らされない位置にいた小夜であったが、玉虫色の怪光は触手のようにあらゆる物を反射して這い寄り、閉じられた
「きっ………つ〜〜〜………!」
辺りの天候を一変させるほどの光球によって、吹き飛ばされた空間を埋め戻すように風が吹き戻し、猛烈な低気圧の中、小夜は身体が浮き上がるのを舵輪にしがみついて堪える。
次第に回復してきた視界の端では、太陽のように波紋を立てる光球が、団地の天上で加速度的に消えて逝き、かたや団地の地平線から微かに顔を出した本物の太陽が朝日を投げた。
完全に乾燥した空気が下降気流を伴って吹き抜け、
怪光に犯されたせいか瞬きする度、目蓋の裏が
乾いた空気のせいか呼吸する度、舌がひりつき喉が枯れ、砂利を口に含んでいるのかと錯覚する。
低い気圧のせいか耳鳴りと頭痛が
身体が乾燥していく感覚を鮮明に、生命の危機を覚えるほどに知覚して、とにかく乾いた喉を潤そうと、小夜はランドセルから水筒を取り出しコップを使わず仰ぎ飲んだ。
「すまねえ………」
「うん!?………まあ、しょうがないわね………」
断りを入れるが早いか、ダヴィが小夜から水筒をもぎ取り残りを飲み干す。
『………大丈夫ですか!?小夜ちゃん!!?』
「フフン………………」
ノイズ混じりの無線越しに、教授の切羽詰まった声が響く。
「………む『よし、大丈夫ですね!「まだな」作戦変更です!!「ちょっと」今すぐダムの水「あの」全部抜きますよ!!!』
「…?……!?………なぜ???」
『ダムが干上がってきてる!』
「…?……そ?………れで???」
『干上がってきてますが、流石に完全に水が無くなるとは思えません!これは
「…………は〜い………」
教授は既存の生物学の枠に収まらない支配触の巨大さと、気象をも変化させるほどの力、そして何より高い知性を感じさせるその行いに、こちらの作戦が看破され、破綻するのも時間の問題であると恐怖していた。
『これから、小夜ちゃんにはその船で団地に突っ込んでもらいます!!』
「………さぁっき、突っ込んでも意味ないって言わなかったかしら?」
『ダムでは無くて、水を溜めた高層マンションに当てるなら話は別です!間違いなく崩せます!』
「ホぉントに?いィいの!??」
教授からの実行指令に、小夜の感情が高ぶり声が上ずっていく。
『先程、君、突っ込むって言ってましたよねえ???』
「まぁ~あね?そ〜ゆ~のは得意だもの」
収まる気配の無い下降気流に後押しされて巨大客船がゆっくりと加速して行く。前方で佇む高層マンション群は、乾いた風の中にあっても壁面から染み出す仄暗い水滴に
「今思ったのだけれど、何だか目の前のマンション、ボウリングのピンみたいに並んでな~~い??」
『………確かに、お
放熱の為、半球状の胴をダム湖に沈めて湯気を立てる支配触が
『やはり、中止しましょう。危険過ぎます』
上がる小夜のテンションに反比例して冷静さを取り戻した教授の言葉に対して、小夜は震えるように弾む動悸と含み笑いで応え、今更止められるような精神状態では無くなっていることを
「今さらやめろって言われてもねぇ~?あなた、どう思うぅうう??」
「んなもん、しっかり掴まっていれば大丈夫だろう」
舵輪を両手で抱えるように掴んだ小夜が、首を傾げて振り返りダヴィに問い掛け、血の気の多いダヴィは小夜の意見に同調する。もし、この二人が冷静であったとしても、マンションとの激突により船にどれだけの損害がもたらされるか計算できるはずもなかった。
『ん!?小夜ちゃんの他に誰かいるんですか??』
「そ~~れ!!突っ込めつっこめぇ~~~!!!」
「………………!………………!!………………!!!」
「………………?………………??………………???」
「………………………………いぃや、これはダメ………!」
間近に迫る高層マンションの迫力に気圧され小夜が舵輪を離し後退る。僅かな後悔と生存本能に発狂した精神が正気を取り戻し、マンションに背を向け船の進行方向とは逆に走り出す。しかし、時は全く遅すぎて、巨大な客船は高層マンションの側面へ抉り込むように衝突し、船首を
「ぎゃあああああああ………………!!!」
小夜が悲鳴を上げて背面へ吹き飛びランドセル受け身、ダヴィは床と制御盤の隅に挟まって慣性に押し潰される。巨大な客船に押し倒された巨大なマンションが、これまた巨大な後方のマンションをなぎ倒し、
小夜達の仕込みと工作により一つ一つが規格外の巨大な貯水槽と化していた高層マンション群は、ほぼ全て同時に倒壊すると粉塵と水飛沫で辺り一面の視界を隠し、水中で泡とコンクリートと鉄骨のぶつかり合う轟音を
突然に現れた瓦礫の津波に支配触が触手渦巻く瞳を見開き
怪光を受けマンションの瓦礫を含んだ濁流の津波が瞬く間に蒸発し、硝子や鉄骨が融解を飛び越して気化する。よく熱せられた鉄板に水滴を垂らした際に鳴るような金属音が空間を埋め尽くし、水と石と鉄の塵と蒸気が
支配触が粉塵を嫌うように身体を震わせ無数の瞳を
支配触は一瞬の
光球により中心部を吹き飛ばされた団地津波であったが、両翼に広がるその濁流はコンクリートの巨大な塊や
団地ダムの決壊する様は水の流れと表現するには余りにも言葉が足らず、
本体を破壊されながらも意思を持つかのように客船へ纏わりつく触手が、立ち上げるように船体を軋ませ抱え込み、スクリューが深くめり込むほどに力を増してねじ切り状に硬く巻き付くと、やがて貫通し水底の硬い岩盤にスクリューが掛かり、豪快な火花と過負荷でエンジンから白煙が上がり、巻き付く触手の圧力に耐えかね爆発炎上、流れ出した大量の燃料と支配触の亡骸を糧として、ついに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます