第044号室 ナイトクルーズ パラパラパラサイト

 突然さくらんぼの茎でられたリボンを足元に飾られたマフィアである男は、リボンと小夜を飛び出し掛けた目玉で交互に見詰め、リボンをスッと摘まみ揚げる。


「………何だ、これは?」


 一瞬、屈んだ相手の脳天に鞭を振るい掛けた小夜であったが、真人間相手に流石にそれはどうかと良心が咎め、鞭を巻き取り短く息を吐いた。


「サクランボの茎を舌で結んだリボンよ」

「汚ったねぇ~な!馬鹿かこのガキ!?」


 思わずカッとなって鞭を振るい宙を打つ小夜、音速を超えた鞭のクラップ音が耳をつんざき、思わず男はショルダーホルスターの金銀絢爛に喧しく煌めく拳銃に手を掛ける。一触即発の雰囲気の中、心の底ではお互いに後先考えなかった過去の自分を恨み、この状態から穏便に済ませる方法に逡巡を巡らせて、血濡れたバイオニックバーに気不味い沈黙が訪れた。


 妥協点を探り合う睨み合いの端で、バイオニックバーのテーブルに突っ伏し背中を丸めていた船員が、異様に鋭く尋常では無い肩の震わせ方を見せ、二人の視線がようやく解かれる。


 酩酊しているように見えた船員が熱い、熱いと譫言うわごとを漏らし首の後ろ掻き毟り始め、深く爪を立てて皮膚をえぐり取り、皮下組織からブルーベリージャムのようにドロリと黒色に変色した血液が零れ落ちた。


「なんだ~~いきなり?馬鹿なことを………!?」


 呆気にとられるマフィアに対して、小夜にはこの後の展開が手に取るように予測できたので、鞭を翻し標的を船員に改めた。


 船員の背中が隆起して衣服を引き裂き皮膚をも切り裂いて、背骨が存在したはずの位置から半透明の硝子の光沢に被害者の血液を纏い、細く縞模様で幾つか節のある肋骨あばら状の関節肢せっそくしなびかせて、捕食寄生的生態を持つ団地の害虫が現れると、寝起きに伸びをするように仰け反り縮こめていた無数の脚を広げ怖気おぞけ消魂けたたましい産声を上げると、間髪入れず打ち払われた小夜の鞭によって霧散した。


「………何だ?今の??人の背中からデカい虫が………???」

「まだまだ、まぁ~~抜け殻の方も見て………」


 小夜の言葉に船員の死体へ視線を戻したマフィアは、中身が無くなり腰元からゴム状に垂れ下がる皮膚を、まるで服を着るかのように手繰り寄せ、袖を通し苦悶の表情を浮かべる人面の芋虫に、怯むことなくメンチを切り返し、銀製金柄の装飾が輝かしく悪趣味な拳銃でその頭部を吹き飛ばした。


「………ンだ、これ??」

「………そっちが人に寄生する芋虫で、こっちが人に寄生する芋虫に寄生するゲジゲジ………そしてこれが、人に寄生する芋虫に寄生するゲジゲジに寄生する妖精よ」


 小夜はつま先で蹴って異形に息が残っていないか確かめ、ゲジゲジの肉片から匍匐前進で這い出した妖精をゆっくりと時間を掛けて踏み潰し、なじりつけた。


「いや~そう言うこと言ってんじゃねえよ。ガキが………」

「ふう………小夜よ。ガキじゃないわ?おっさん………??」


 常軌を逸した船内の状況にも涼しい顔で、玩具とは思えない威力の鞭を振るい、グロテスクに破壊された人の死体を躊躇なく足蹴にする、少女の人間性の乏しさに眉をひそめながらも職業柄、非行の果てに悪い大人の食い物にされる子供達を多く見て来たマフィアの男には、小夜と名乗ったランドセルの少女が哀れに思え、そんな感情を抱いた自身についても焼きが回ったものだと顔を伏せるように帽子の位置を直した。


「ダヴィだ。おっさんじゃねえ………」

「ダヴィ………?ふ~~ん………?」


「ところで何の話だったか?」「何だったかしら?ん~~?………何か話してたかしら??」


 一拍の間を開けてお互いに過去を思い出し、思い出さない方が良いこともあると、何も思い出さなかったことにして、何はともあれ曲がりなりにも連携を取れそうな相手の出現に、仮初の協力関係を築いた。

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