第042号室 ナイトクルーズ オークション

 世界最大級の豪華客船のメインホール、木槌ガベルの軽く乾いた快音が鳴り響き、唸るような歓声と拍手が湧き上がる。船内展示場で数日間掛けて行われた世界の名だたる骨董美術の博覧を経て、今夜はこのクルーズのハイライト、誰がその持ち主に相応しいかを選ぶ、海上オークションが執り行われていた。


「$1,600………$1,700………$1…9…!…$2,000!!………$2,100………さあ$2,100!どなたかございませんか??………$2,100!!………$2,100!!!ございませんか?………ございませんね!??………あ・り・が・と・お・ございます!!!そちらのご婦人に$2,100でハンマ~~~プライッッッス!!!」(タ~~~~ッン!!!)


 ややカジュアルなパーティー形式の会場でカクテルとオードブルを囲み、ゲストはお目当ての出展品の競売が始まるたび、中央に集まって番号が割り当てられたパドルを上げて落札の意思を示す。和やかな雰囲気の中、競売進行役オークショニアがいささか芝居掛かった仕草と掛け声で値段を釣り上げていき、比較的スローペースに、エンターテインメントに重きを置いた演出で、富豪以外の一般船客も楽しめる一種の興行ショーとなっていた。


 大概のオークションとは少し勝手の違う進行に焦らされ、苛立ちを募らせる者がいた。浅黒い褐色の肌に刻まれた武骨な皺、口から顎、もみあげに掛けてグレーの髭を綺麗に整え、ラグジュアリーかつワイルドな鼈甲べっこうの角メガネ、大きな福耳にはダイヤモンドを金縁で囲ったシンプルなピアス、焦げ茶のラインが映えるクリーム色の中折れ帽子、エキゾチック柄で光沢のあるワインレッドのシルクのシャツに、帽子と揃いのクリーム色のベスト、細やかな銀細工のバックルベルト、これまた揃いのクリーム色のスラックス、ノーズハイの革靴は年季の入った光沢で輝き、これらを合わせた中年男性の装いは、周囲に彼の職業が堅気のものでは無いと察しさせるに十分であった。


「続きましてはこちら!中世日本の戦場にて時の武将が実際に振るい、馬上の侍を馬ごと両断せしめたと逸話の残るカタナでございます!………先ずは$1,000から!!………$1,100………$1,200………$1,300………$1,400………$1,400!…$1,………ああっと!!$1,500………!!!」


 オークションが始まってから脚を組んで踏ん反り返り、何かが落札される度に鼻を鳴らして笑うばかりだった男が、組んでいた脚を解いて前のめりになり、今日初めて手を上げ、辺りに言いようのない緊張感が走る。


 この刀は美術的価値観では並で、今回の目玉と言うわけでもなく、東洋美術枠で出品されたようなもだったので、他の競合相手は、この人はこれを落とすために来たのだろうなとか、もし落札できても命まで落とす事にならないだろうかと考え、パドルを降ろしそこで値段が止まるかに思えた。


「はい!………$1,600!!」


 新たな入札に自然と視線が集まりその先には、受話器を片手にした代理人らしい女性が、バツが悪そうに下唇を噛み締めパドルを上げていた。顔を覚えたぞ!と言わんばかりに睨みを飛ばし、舌打ちと共にパドルを突き出す男「$1,700!!」会場の空気を知るよしの無い電話越しの競合相手がレイズするよう指示を出す「飛んで$2,000!!」怒りを噛み殺し額に青筋を浮かせ男が怒鳴る「$3,000!!!」会場がどよめく。


「すごい!………$3,000!!$3,000!!!さあ、電話の向こうのお客様はどうでしょう!!?」


 受話器を握り締め穴が開くほど見詰める代理人が小さく声を絞り出す。


「………………………電話………切れちゃった」

「で・ん・わ・切れちゃった!!?残念!海上オークションです!そんなこともあります!!さあ、$3,000です!他にありませんか?………$3,000ありませんね!??」


「$10,000!!!」


 れにれた男が声を荒げ、自ら価値を釣り上げる常識はずれのパフォーマンスに会場が狂瀾の渦に、あるものは息を呑み、またある者は額を押さえて感嘆の息を漏らす。競売進行役オークショニアの木槌を握る掌にも汗がにじみ、いつもより力が入る。

 

「$10,000!!!本当にありがとうございまっっ!!!ただ者では無いそちらの紳士に、CONGRATUコングラチュLATIOOOONSレーショ~~~ン!!!!」


 両手を突き上げブラジルのマフィアである男が勝利の雄叫びを上げ、木槌が振り下ろされると同時に、船体を突き上げるような衝撃と爆音が鳴り響き、全てが傾き小皿とグラスが宙を舞い、人々は阿鼻叫喚の地獄へ突き落された。

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