第031号室 アラクネブライド

 次にシスターが目を覚ました時、デスパイダ夫人とその従者達の姿は、何処にも見当たらなくなっており、シスターの傍には昆虫食の詰め込まれたお弁当箱が蔦編みのバスケット一杯に入っていた。


「これは………ピクニックでもしろと?」


 もう一つそばに置かれていた装飾過多の鎚矛メイスを杖代わりにして立ち上がると、自分が思っていたよりもすんなり立ち上がれた事に驚き、更に自分の纏う衣服の出で立ちに驚愕する。


 シスターはフランス、パリを慰問で訪れた際、修道服で歩いていたらモデルと間違えられ、記者プレスとインフルエンサーの囲みをつくって交通を妨げると、騒ぎを聞きつけたデザイナーに見出され、飛び入りで秋冬オートクチュールコレクションのランウェイを歩いた事もあったので、恐らく夫人によって誂えられたであろう衣服が、途方も無い技術と貴重な素材を惜しげもなく使用されている事をすぐに見抜くと、元の世界ならどれほどの値がつくのだろうと下賎な思考をした自分を心の中で恥じた。


 夫人の煽情的せんじょうてきなドレスを雛形に、往年の修道服然としたシルエットを保ちつつも、白金や真珠のように輝きを放ち極細の糸を丁寧に紡ぎ幾重にも重ね、蜘蛛に纏わるモチーフを糸の濃淡で透かし、刺繍とレースの編み込みにより大胆に胸元が強調され、目の覚めるようなくれないと滑らかな光沢を湛える乳白色の切り替えしは、人の腕では到底辿り着く事の出来ない神域の技巧により、一切の継ぎ目が無く、世界遍くどの女王の婚礼衣装さえ見窄らしく霞んで見える出来栄えで、絢爛豪華、荘厳華麗、ついでに官能妖艶で背徳淫靡な誰の目にも麗しく秀麗かつ破廉恥な一着となっていた。


「しかし、ちょっと、この服はイケないっ!!露出が多すぎます!いえ、一応は覆われていますけど透け透けですね?なお悪いでしょ!!これで聖職者を名乗るのには無理がありますよ。もしもこんな姿、誰かに、特に小夜さんに見られなんかしたら示しがつきません!!」


 シスターは今いる倉庫のような廃屋を見渡すと、開かれていた扉から今しがた入って来たらしいランドセルの少女と視線が交わった。


「あっ、シスターいるんだけど」

(ふぁあああああああ!!!???)


 見てはいけないモノを見てしまったかのように小夜は身体を引き攣らせ、シスターは絵画ヴィーナスの誕生のようなポーズを取り、艶めかしい身体のラインを最大限隠そうと努力する。


「元気そうで何よりだけど、その服でシスターやるのは無理があるんじゃないかしら?」

「いえ!これは私の趣味で「ホントだシスターいるじゃん!」なっ!?」


 小夜のシスター発見の報を聞き付け、駆け付けたボブがシスターの姿を見て絶句し、シスターは息が止まる。


Ohオウ,Jesusジーザス………これは私の趣味だって!?そのなりで修道女が務まると思っているのか??」

「いえ!これは私の意思で選「よかった!やっぱり、生きていたんですね!」あっ!?」


 遅れて駆け付けた教授がシスターの破廉恥を見て青ざめ、シスターは頭が真っ白に、顔は真っ赤に紅潮する。


「これは私の意思だって!?その痴態で一体何の神にお使えするつもりなんですか??」

「だから!違うんです!!こ「う~わ、すっごい!」ええっ!?………誰ぇ??」


 車椅子を走らせちゃっかり付いて来たローレライが、シスターの変態っぷりに共感性羞恥を覚え顔を赤らめ、シスターは相手の共感性羞恥に共感し羞恥心を加速させる。


「そんなエロ修道服着て何が違うっていうのよ?………ホント、キッツイわね」

「くっ………これには全て事情があるのです」


「「「ほ~~う………?」」」


 シスターと合流する事の出来た小夜達は互いの状況を伝え合い、人魚の協力でここまでの経路を確保した事や他の世界に繋がるゲートの存在、ダム港での戦闘をへてデスパイダ夫人からの介抱を受けた事、そしてシスターは、断じてこの衣装を趣味で着ている訳では無いという事を念を押して強調した。


「そこまで趣味じゃないって言うなら脱いだらいいじゃない」

「それはそうなのですが換えの服も無いですし、それにこの服どうやって脱げばいいのか、分からないんですよ」


 まるで自分の事のように恥ずかしがるローレライが促し、シスターは応じながらも、慣れない衣装の脱ぎ方が分からず途方に暮れ、小夜とローレライが一応は修道服らしい物の細部を調べる。


「なにこれ?頭巾ウィンプルの下、背中がパックリ空いてるんですけど。「そういえば背中がすーすーしますね」一応レースで覆ってあるけどさあ、これ逆にエロいんじゃない?ていうか、ナニされたらこんな傷が出来るの?」

「ああ、これはダゴンの毒じゃないかしら。食らって生き残った奴には大体、放射状の痣が残るのよ。大丈夫ひと月もすれば消えるわ。それより見て、このスカート!前合わせでへそまでスリットが入ってるの。「ちょっと!捲らないで!!」………それにしても変ね、本当に継ぎ目が無いわ。まるで初めからそういう形をしていたみたい」


 ローレライの疑問に小夜がなるほどと相槌をうつ。


「ああ~………そういう事なんじゃないの?このエロ修道服、作ってから着せたんじゃなくて、着せながら作ったのよ。こう、身体を緊縛するみたいに糸、巻付けながら編み込んで行ってさ」

「そういう事なの?確かに夫人なら遣って退けそうね。ということは………」


 小夜とローレライが顔を見合わせ心配そうなシスターへ調査の結果を報告する。


「このエロ修道服は………「「せーの、脱げない!!」」一生このままです!」

「………ええ、………では切っちゃいましょうか!??」


「そんなことしたら後で夫人が怖いわよ?」


 ローレライの忠告は無視され、小夜のツイストダガーが袖口に突き立てられる。シスターが渾身の力でダガーを引くも生地が多少伸びる程度で切れる気配が全く無い。息を止め切っ先が震えるほど力をかけた拍子にすっぽ抜け、ダガーが高速回転、小夜の頬を掠め遠巻きに見守っていた男達の足元で跳ね踏鞴たたらを踏ませた。


「「「あぶない!!」」」

「あら、ごめんなさいね。でも見てください、少し穴が!あれ??」


 女性陣が穴の開いた袖口を覗き込むと、伸びた皺が見る見る戻っていき更に数秒ほどで破けた穴も塞がってしまった。


「あ、これ生きてる!!だめだめ、ダメダメ、駄目!ダ~~~メな奴ですこれ!?どうしましょうこれ?」


 小刻み震え、足踏みし、手を回すシスターを何とか落ち着かせた後、当面は上に何か羽織ればいいじゃん!ということになった。


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