第022号室 闘技場 デスマニア妖精




 翼を壊された西洋型ドラゴンのブチかましは、空のティッシュボックスをバットでフルスイングしたかのようにシスターの貨物コンテナをひしゃげ、モルタルの地面を抉り取って吹き飛ばし、デスマニア妖精がひしめく闘技場の外壁として積み上げられていたコンテナに激突、逃げ遅れた妖精を巻き込んで直角に跳ね上がり、その場、異形達ぜんいんの視線を釘付けにした。


「でっ、でたぁああああああ!!ドラゴンだぁあああああああ!!!」


 団地ダムの工業港に造られた闘技場に訪れた一時いっときの静寂を、拡声器を抱えたデスマニア大妖精クイーンの実況が引き裂く。


「ついでドラゴンライダーも登場だぁああああ!!!」


 間一髪コンテナから飛んで脱出したシスターだったが、着地場所を定める余裕までは無く、あろう事かドラゴンの背に跨がるように乗っかってしまっていた。


「………んあっ!?私の事ですかぁ………?」


 シスターを嫌ったドラゴンが後ろ足で立ち上がり、翼を広げ咆哮を上げると、舌先から霧状の液体を吹き出し、辺りにアルコールの臭いが立ち込めた。必死に背にしがみ付いていたシスターの右手が、滑って外れ大きくのけ反ると同時に、ドラゴンが勢いよく口を紡ぎ、金属分を多く含んだ鱗同士がカチ合い火花が散って霧に引火。


 火を吹く二足立ちのドラゴンに跨り、片手を突き上げるシスター、そこだけ切り取れば荘厳そうごんおごそか、中世宗教画として申し分無いで立ちだった。


「「「キャーーーーッ!!カッコイイ〜〜〜!!!」」」

「きゃあ!お、落ち、おちる!!」


 シスターの悲鳴は妖精の歓声に掻き消され、異形達のシスターに対する認識は、ドラゴンを手玉に取るほどの豪傑であると上書きされた。


 ドラゴンの登場はより一層の恐怖と混乱をもたらし、その場にいる者、全ての死期を加速させる。何気ない尻尾の一振りが音速を越えて運悪く背後に居た異形達を粉砕。破かれてなお風を捕らえる大翼がはためき異形をひざまずかせ、気まぐれに吐き出された炎が巻いて消し炭と化す。


「圧倒的ち⤵︎か⤴︎ら→〜〜〜!!ドラゴン、雑兵を寄せ付けな〜〜〜い!!!………!?」


 妖精を疎ましく思ったか、ドラゴンが尾を滑らし、地面を抉りながら振り抜く。砕けたモルタルが散弾となって外壁を叩き、小うるさい妖精達を挽肉に変えた。


「ぐわぁあああ………!!しかし、我が倒れても第二、第三の実況担当が………っ!!!」


 連続で薙ぎ払われた尾がつぶてを飛ばして、妖精を羽虫同然に消し潰し、絶滅危惧種に追いやる。


「これは、敵わん。みんな生存優先!退却ぅ!!」

「「「わぁああああああ!!!」」」


 そう言うだけでほとんどの妖精は、コンテナの影に身を潜める程度で居残った。


 ドラゴンの気が逸れているうちに背中から飛び降りるシスター、船着場から波間なみまに飛び降り泳いで逃げようと走る。さあ、飛び込むぞといったところで遠目に、波間に飛び込んだ異形の周りが泡立ったかと思うと、骨だけになって浮き上がってきたのが見えたのでやっぱり辞める。


「水場には、ピラニア、ゴンズイ、ヤツメにホホジロザメ!肉食生物揃い踏みだぁああ!!………ぅ!」


 思わず実況した第二のデスマニア大妖精クイーンがドラゴンの尾を受け蒸発する。


「~~~っどうしよお!?」


 逃げ場の無い状況に頭を抱えるシスター、ふと視線を感じて振り返ると動いているのが不思議なくらいに痩せ細り、尋常でないほど身長を伸ばしたウェンディングドレス姿の八尺様と目が合う。


「おっと?」


 周りの争乱なんてまるで見えていない八尺様が腐汁に満たされた喉を汽笛と鳴らし、ゆったりと腕を差し出す。


『………ぽぽぽ』


 シスターは前掛けから腰紐を抜き取って一端を手首に結び、輪になるようもう一端を軽く握ると、経年劣化で砕けたモルタルから拳大の大きさの礫を拾い上げ、革で補強された腰紐の中央部に載せてスイングバイ、命の取り合いに腹をくくる。


 パラシュート素材を加工して作られたシスターお手製の投石紐ワラカは、徐々に回転数を上げ、遠心力を増し、高音を響かせ、威力を蓄えていく。


 シスターが無意識に瞬きした瞬間逃さず八尺様が駆け出す。


 短く息を吸って止める。渾身の力で最後の一振り、リリースされた限界まで加速したモルタルの礫は、寸分違わず相手の口腔に叩き込まれ、牙を折り、顎を砕き、舌を抉って突き進み、哀れな八尺様が苦痛を感じる間も無く脳を押し潰した。


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