第009号室 ブリキのおもちゃ



 小夜さやはランドリールームを出ると、直ぐ横にある団地中央エレベーターの呼び出しボタンを押した。経験則からこういうところは大体何かいるので、直ぐに距離を取って様子を伺う。『チンッ』と乾いた音と共にエレベーターの扉がスライドし、一抱えほどあるおもちゃのブリキロボットが現れると、エレベーターと廊下に出来た30cmほどの段差を飛び降り、ビープ音を響かせながら小夜に向き直って高速で進撃を始める。


 ロボットの顔の殆どを占める大きな二つの真っ赤な眼球に、光が収束し致命的なレーザー光線が放たれ、小夜が走り込んで壁を蹴り三角飛びでロボットの頭上を越える。


 ロボットが首を一回転させ薙ぎ払われたレーザーをゴム飛びのように足踏みして躱す。


 ロボットの首が二周目、突然首が伸び高さが変わり小夜の胴を狙う。息を吐き出し全力で仰け反ると、重力に引かれるよりも速くランドセルを床に叩きつけて躱す。


 三周目、フェイントを織り交ぜ悪意に波打つレーザーを、ダンスインストラクターだった父から受け継いだ世界的センスで膝滑りニースライドから旋回2ステップ、キレッキレのフィジカルで流麗に側転捻り込みスワイプスから後方猿回りマカコに繋げ、華麗にロボットの脇をり抜ける。


 ロボットが射ち止め頭部を戻してアンテナが外れ銅線がアフロ化、右手で天を指し脚を開いてサタデーナイト☆フィーバー!高速回転でミラーボール状態の頭部から全方位レーザー照射で仕留めに掛かる。


 ロボットが変形する間に床を蹴って後ろ向きにお尻で滑り、エレベーターへ這うように乗り込むと、死角に隠れてレーザーをやり過ごしてエレベーターの閉ボタンを連打した。


 ゆっくりと移動するロボットの頭部が煙を上げて真っ赤に赤熱し、外装が溶け落ち悪魔染みた形相の頭蓋骨が現れる。肩や胸、脚の外装が開きピンク色の肉を突き破って血にまみれたロケット花火が展開される。


「はやく、はやく………!!」


 導火線に着火され火花を噴き出すロケット花火が、徐々に勢いを増してロボットがガタガタと震え出す。


「えい!」


 火花が収束し今まさに発射されるといった瞬間、小夜がゴムサンダルを脱いで投げつけた。サンダルを肩に受け仰向けに倒れるロボット、ゼンマイの軋む音を上げ手足をバタつかせて起き上がろうとするも、小夜のもう片方のサンダルが飛んできてこころみをくじいた。


「よし!!」


 エレベーターの扉が閉まり始めると同時に、ロボットのロケット花火が床沿いに発射され、エレベーターと対面の壁に突き刺さり爆発、爆風に吹き飛ばされたロボットがエレベーターの中に飛び込んでしまう。


「おい!!!」


 エレベーター内の扉横、操作盤の陰に隠れて爆風をやり過ごした小夜を見つけ、仰向けのまま笑うようにカタカタと揺えるロボットと、そう来たかと困惑する小夜。


「………フフン」


 ミサイルの爆発をもろに受け、化けの皮を剥ぎ取られたロボットの中身は、充血した瞳から血涙を噴き出し、半分に割った米粒のような白い歯を剝き出してカチカチと鳴らす。生の手羽先に似た血塗れの腕を回転させ上体を起こすと、太い釣り針を重ねたような肋骨をバキバキと圧し折り観音開き。蛋白質の心臓とブリキのゼンマイが分子レベルで融合し、中央から針の突き出した臓物ぞうもつまろび出す。


 メトロノームのようにカチカチと左右に針を揺らす臓物、次第に針の往復する間隔が狭く、速くなり、ロボットがケタケタと笑い出す。


 明らかに自爆するようにしか見えないので後先、向こう見ずに考えず、ロボットを掴み上げ閉まり切る寸前の扉にヘッドスライディング、何とかねじ込むも扉にロボットが挟まってしまった。


 団地のエレベーターに安全装置等はなく、扉に挟まったロボットを容赦なく圧し潰していく。ロボットの背中を何度も蹴り突けるも、ガッチリと挟まってしまっていてビクともしない。メトロノームの間隔が益々ますます狭くなる。


 床に突っ伏しロボットのメトロノームを直接掴む。渾身の力で引っ張るが、肉と銅線が絡み合い人力ではとても引き千切れそうに無い。エレベーターの扉が閉まり切っていないまま上昇を始める。


 扉の隙間から落ちてくるように見える天井を仰ぎ見て、小夜がなる。


「腕とか一本あれば、じゅ~~~ぶん⤴︎⤴︎⤴︎」


 エレベーターの内側に残らないよう、メトロノームを掴んだまま腕を扉の外に突き出す。目を見開き、歯を剝き出して笑っているかのように顔面が引きる。全身の毛穴から冷や汗が噴き出し、ゾクゾクと背筋が震える。


「~~~~っぱ、むりっ!!!」


 寸前で日和ひより、腕を引っ込める小夜。残されたメトロノームは扉の内側に戻るより先に、天井とエレベーターの隙間に挟まれぎ取られていった。


 手に付いた血液をパーカーで拭い呼吸を整える。一瞬、間をおいて足元から爆発音が轟きエレベーターが揺れ、思わず胸元まで届く舌を出し、白目を剥くほどに階下を睨め付けた。


「………あれ?………おかしいわね?」


 ふと、エレベーターが動いていることに違和感を覚える。そういえば、まだ扉を閉めるボタンを押しただけで、行先までは押していなかったはずなので、扉が閉まった時点で別の誰かが呼び出しボタンを押したのかも知れないと考え、瞳を戻し舌を巻き取った。


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