第66話 見守る者たち

 そらがライブ配信を行っている最中さなか、マネージャーの高木たかぎと社長の上野うえのは、スタジオ外の通路では順番待ち等に利用されるベンチに腰を据えながら、薄手のノートパソコンにて、所属アイドルの晴れ姿を見守っていた。


「それにしても、すごいコメントの量だね」


 脇からのぞき込みつつ、上野は高木へと話しかける。


「えぇ、現在の視聴者数も1000人を超えてるみたいで……宣伝の効果もあったんじゃないかと――」


 そう言うと、高木はパソコンのディスプレイをより見やすいよう、さらに角度を広げるように傾ける。


「1000人か……初ライブにしては結構な数じゃないか。頑張った甲斐かいがあるってもんだ」


 あごに手を当てながら、感心した様子の社長――上野であったが、マネージャーの高木はそれをやんわりと否定する。


「実際に人を呼んでライブをするのに比べれば確かに多いですけど、ライブ配信はパソコンやスマホを起動すれば簡単に見られますからね。他所よその著名なバーチャルアイドルだとこれの10倍以上集まることもあるみたいですよ」


「今から上と比べるのは背伸びしすぎだよ、高木くん」


「すいません、社長。でも、そらちゃんなら……いえ、うしろちゃんなら、それくらいの人気を得られるだけのポテンシャルはあると思っているので」


「そこは、私も同意するがね」


「……親ばかですね」


「――違いない」


 どちらからとなく、顔を見合わせ、笑いあう二人。


 そこにはマネージャーや社長という、肩書の壁などなく、自慢じまんの子をほこる親の姿がそこにあった。


 そして、引き続きライブの様子を見守る二人であったが、とあるコメントを目にした高木が声を上げる。


「あっ、社長……見てください、このコメント!」


「――んっ? どれだい?」


「早く、この上のやつです! 早く見ないと流れて消えちゃいます!」


「そんなことを言われても困るよ。止めたりはできないのかい?」


「あっ、そういえば……すいません、ここです」


 冷静さを取り戻した高木は、気まずそうにではあるがコメントをさかのぼって、気になった部分を抽出ちゅうしゅつする。


「んっ、どれどれ……あっ、そういうことか」


 上野社長は、高木の伝えたかったことに気付き、にやりと口元を広げる。


 そこにあったのは『がんばれ~』という他愛ない応援のコメント。


 ただ、それを発していたアカウントの名前が『とりかわ』だったのだ。


「これ、本物なのかい?」


「確証はないですけど、多分本物じゃないですかね。ちょっと確認してみますか?」


 スマートフォンを取り出し、通話をかける素振りを見せる高木であったが、社長はそれを丁重ていちょうに断る。


「いや、そこまでしなくてもいいよ。ライブを楽しんでるところを邪魔しちゃ悪いだろう?」


「それも、そうですね」


 そう言って、高木はスマホを手早く仕舞しまう。


 その横で、社長はおもむろに視線をパソコンの画面から外し、何の変哲へんてつもない廊下の壁を見つめた。


 そして、まっさらな壁面をキャンバスに、自らの衝動をえがく画家のように、上野は穏やかに、しかし力強い眼差しのまま、言葉を漏らす。


「みんな、そらちゃんのことが大好きだから、こうして集まってくるんだろうね」


「そう、かもしれないですね」


 今までの過程を思い返し、場にしんみりとした空気が漂い始めた頃、突然高木が驚きの声を上げた。


「えっ?」


「どうかしたのかい?」


「いえ、見てください――これ」


 驚きと興奮が入り混じったような顔で、画面を指さす高木。


「これって……うぉっ! すごいな、こりゃ」


 その指先に目を向ける社長の瞳にも、衝撃の数字が飛び込んできた。


 そこに表示されていたのは、5000人近くにまで増えた視聴者数であった。


「一体何があったんだい?」


「えっと、ちょっと待ってください……何があったんだ?」


 社長の問いかけに、高木は慌てながらも、原因を見つけるべく目線を画面内のあちらこちらへと巡らせていく。


「あっ、他のバーチャルアイドルの配信がついさっき終わったみたいですね。それでこっちに視聴者が流れてきたみたいです」


 ずっと探していた落とし物をようやく見つけたかのように、威勢よく上がる高木の報告。


 それを受けて、上野は感嘆かんたんの声を上げ、腕を組みなおした。


「おぉ、そういうこともあるのか。言われてみれば、納得だ。でも、5000人って結構な数だぞ? 急に増えるものかね?」


「それは……あ、コメントにありました。さっきまで配信してたバーチャルアイドルがこっちに直接来てるみたいです」


「まるで大物海外ミュージシャンの来日だな」


「みたいですね。でも、結果としてみんながうしろちゃんの歌を聞いてくれるなら、願ったりかなったりですよ」


「互いに持ちつ持たれつ……客の取り合いではなく、シェアをしていく時代か」


「そうですよね……好きなものを増やせばいいだけで、特定のもの以外を敵視する必要なんてないんですよね」


「いいこと言うね、高木くん」


「いえ、これが普通のことになるべきなんですよ」


 高木の言葉に、社長は一瞬言葉を失いかけるが、すぐに笑みを取り戻し、答えた。


「そうだな。そういう考えは改める時が来ているのだろう」


「はい、なので、これからは――」


「いや、硬い話はもういい。今は私たちも、そらちゃんのライブを最後まで楽しむとしよう。マジメな話はそれからだ」


「そうですね」


 高木と上野は互いに目を合わせると、それ以上言葉を交わすことなく、うしろのライブへと帰還する。


 ライブの盛り上がりは最高潮に達しており、その中心では最愛のアイドルが楽しそうに笑い、歌っていた。

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