第59話 耐えて。気張って。崩れて。

 バーチャルアイドル『うしろ』によるライブ配信の告知が行われてから数日。


 各陣営がおのれの力を尽くしていく中、たちばなそらもまた、自らに降り注ぐ幾多いくたもの敵意に対して向き合っていた。


 ――自分の顔が見えないから。


 ――みんなが言ってるから。


 ――相手はやり返してこないから。


 SNS上で繰り返される、生活の不満のはけ口としての、道端を歩く虫を踏みにじる感覚で吐かれる暴言。


 中には反発する者もいたが、その声も感情で動く機械には届くわけもなく、火に油を注ぐような形で、より強固な対立を生む結果としかなりえなかった。


 中立を装いながら、有名税だと思ってあきらめろという、無責任に屈服を求めるコメントも中にはあった。


 そんな、動物的な敵意の溜まり場を目にして、そらが傷つかないはずもない。


 アンチのコメントなんて気にすることはないと、はげまそうとする声もある。


 だが、その言葉だけで割り切って考えられるほど、そらは人間関係に無頓着むとんちゃくではなく、結局それらのコメントに傷を負わされながらも、向き合い方を見つける他道はなかった。


 かといって『うしろ』が直接コメントを発表するのは悪手であるということは、そら自身にも理解できていた。


 時間が解決するのを待って、静観を決め込むというのも方法としては頭に浮かびはしたが、ライブ前とした大事な時期では現実的とはいえない。


 結局そらは、ふらつきながらも日々の仕事をこなし、最適解を模索もさくしていくという選択をしていた。


「みんな、元気してましたか? 私はライブに向けて、色々がんばってます!」


 恒例となった生放送にて、うしろは悪評など知らないといった様子を装い、テンションを上げた声であいさつをする。


 ――ライブ楽しみにしてます。


 ――いつもより声高い?


 ――無理はしないでね。


「あっ、みなさん心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。むしろ早くみんなにオリジナル曲を発表したくて、ボロを出さないか心配なくらいで――」


 ――ボロ出してもいいんだよ。


 ――最初だけ、できれば最後まで。


 ――タイトルもまだ秘密なの?


 気丈に振る舞っていることが丸わかりなうしろの声。


 だが、視聴者たちはえてスルーしているのか、うしろのメンタルよりも話の内容に対してコメントをぶつけていく。


 そんな気遣いを察する余裕もなく、うしろは何かに急かされるように、会話を続けていった。


「あっ、タイトルだけだったらいいかな。えっとね、オリジナル曲のタイトルなんだけど……」


 間違えてしまわないよう、念のためタイトルを確認すべく、そらは視線を画面から外す。


 そして確認を終えて視線を戻そうとした瞬間、流れゆくコメントの中に、そらはそのコメントを見つけてしまった。


 ――でもさすがに、あの宣伝は目を付けられると思うので、宣伝するならあまり刺激しない方がいいと思うよ。


 内側から突き抜かれるような衝撃が、そらを襲う。


 自分が直接やったことではないとはいえ、自分が信頼していたマネージャーや社長、先輩芸人たちの行動を、目の前で否定されたような気持ちになり、声が揺らぐ。


「えっと……すいません、あの……ごめんなさい、ちょっと、お手洗いに――」


 配信とはいえ、うしろとしての初めてのライブを失敗したくはない――そんなプレッシャーに、そらはじっと耐えてきた。


 そこにし掛かってきた心無い感情たちにも、そらは声を上げず、耐え続けていた。


 みんな頑張っている、だからこそ、そんなみんなの足を引っ張りたくないという思いからも、そらはひとりで悩み、誰にも打ち明けられずにいた。


 つらい日々が続いていたが、それでも自分の放送には、自分の居場所がある、頑張るだけの活力をくれるファンがいるという、救いがあった。


 だからこそ、限界を超えて頑張り続けられていた、はずだった。


 それが音を立てて崩れていくさまに、そらは耐えきれず、マイクの音声を切ると、その場で立ち上がり、部屋から逃げるように、飛び出していた。

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