第58話 気に入らないと言う人に

『今度、バーチャルアイドル「うしろ」によるオリジナル楽曲配信を記念したライブ配信を行います。みなさん、是非見に来てください!』


 SNS上でつぶやかれた、うしろによる告知。


 決して爆発的な話題とはいえなかったが、一部の界隈かいわいでは賛否の声が上がり、小さな波を作り上げていた。


 それは、うしろの発言によるものが原因というわけではなく、彼女を取り囲む環境に向けてのものが大きな割合を占めていた。


 漫才コンビ『とりかわ』のトークライブでは、終わりぎわに後輩のバーチャルアイドルがライブをするとダイレクトに宣伝が行われた。


 サブカルチャーがメインとなっているラジオ番組では、プロダクションASHからのお知らせという形で『うしろ』の宣伝が入れられた。


 そして、少量ではあるものの、WEB番組の広告として『うしろ』の楽曲を伴った映像も流されていた。


 認知が数字に直結するといっても過言ではない世界。


 そこにおいて、そのどれもが必要なことであり、他の事務所や企業も行っていることであり、特別に糾弾きゅうだんされるようなものでもない。


 ただ、うしろの場合は運悪くもそれらがしまった。


『事務所がゴリ押ししている』


『無理やり流行らせようとしているのが気に入らない』


『流行に乗ってもうけようっていう考えが透けて見える』


 誹謗中傷にも近い、辛辣しんらつ匿名とくめいの声たち。


 中には、うしろというバーチャルアイドルの背景や、そもそも彼女の名前すら聞いたことがないのであろうと、容易に想像できる人からの、便乗した悪評まであった。


 それは、閉塞へいそくした世界において生まれた、ねたみやそねみといった疫病えきびょうともいえる厄介な感情によるものだ。


 だが、大半はそれを昇華させることもできず、感情のままに目についた何かへと叩きつけている。


 しかも、それに対し反論をしたところで、大きな声たちによるさらし上げられるだけという、うかつに手出しもできない状態。


 そんな看過かんかできない状況を、事務所のスタッフたちが検知できていないはずもなかった。


 それもあって、プロダクションASHの応接スペースでは、関係者が顔を並べ、打開策を模索もさくしていた。


「どこにでもある話だとは思いましたけど、まさかウチに来るとは予想外でしたね」


 険しい顔でマネージャーの高木たかぎが議論の口火くちびを切る。


 ソファの脇に立ち、意味もなく手帳を開いては閉じを繰り返している様からも、気が立っているのは明白だった。


「そうだね、しかし、こればっかりはこちらから手を出すわけにはいかないからね」


 ソファから高木を見上げ、そう告げるのは社長の上野うえの


 いつも通りの柔和な表情を保っていたものの、その顔色は決して良好とは言えず、どこか無理をしているとうかがえる。


「不祥事があったわけでもないですし、放っておくのが一番じゃないですか?」


 そう提案するのは、そらのボイスレッスンを担当する田辺たなべトレーナー。


 マネージャーの高木とテーブルを挟んで対峙するように立ち、まゆをハの字に傾げている。


「それはそうなんだが、問題はそらちゃんがそれを目にしてしまって、病んでしまうんじゃないかってことなんすよね」


 そう言うのは、他のスタッフと同様にソファの脇に立って話を聞いていたお笑いコンビ、『とりかわ』の鈴木すずきであった。


 自慢のボンバーヘアを掻きながらも、もどかしい表情で伝える姿に、相方の立川も黙ってうなずく。


 そこへ高木も自分の意見を投げかける。


「でも、そらちゃんもSNSやってるし、知らないってことはないと思いますけど」


 そこへ割り込むように田辺トレーナーも意見を発する。


「私が思うに、そらちゃんはそんなにヤワな子じゃないと思うけど? 自慢じゃないけど、私のレッスンにちゃんと食いついてきてくれてるし……」


「だからって、時間が解決するのを待つってのも悠長ゆうちょう過ぎますよ!」


 皆の発言が熱を持ち、言葉尻から殺気が感じられるようになってくる。


 そして、いよいよケンカに発展しようかという頃、発言を最低限に抑えていた社長が声を上げた。


「そうだね、何も手を打たないというわけにはいかないね」


 その場にいた、全員の視線が社長へと向けられる。


 社長はそれを気にするでもなく、いつもの平和的な声色こわいろで続けた。


「そらちゃんもそうだが、我々が一番悲しいのは、ファンの子たちが悲しむ姿を目にすることだ、違うかい?」


 そう言って再び顔を持ち上げる上野社長。


 ぐるりと周囲を見回した末、全員が同意の表情を示したことを確認すると、満足そうに笑った。


「だから――知らせてやろうじゃないか。私たちで、そらちゃんはいい子なんだって、そらちゃんの歌はいいものなんだって、今以上に、みんなに知らせていこうじゃないか!」


 まるで、これから起業でもしようかというような、エネルギーを感じる社長の顔。


「――はいっ!」


 それに触発しょくはつされるように、普段よりも一段階トーンの高い、皆の返事が事務所に響いた。

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