第53話 出来上がった絆

 アカペラという形でありながらも、力強く、それでいて伸びのある歌声。


 それは、実際に歌唱をしているうしろ以外の、あらゆる人間の心をきつけるには十分すぎる代物であった。


 そして、その場にいる誰しもが、歌姫という言葉は彼女のためにあるのではないかと思い、歌声に酔いしれ、ほだされる。


「――ありがとうございました」


 そんなうしろのお礼の言葉を合図に、5分にも満たない、即席のソロステージは終わった。


 お辞儀じぎをしているかのような、絶妙な間を置いた後、まるで止まっていた時間が再び動き始めたかのように、静まり返っていた放送は、興奮を芽吹めぶき始める。


『思っていた以上に上手くて驚いた』


『鳥肌が立ったわ』


『ガチの人じゃん』


 止め処なく流れ続ける、賞賛しょうさんのコメント。


 そんな中で、ふと思い出したかのように、りーやとすずめも感想を述べた。


「ちょっと私、耳が幸せって言葉の意味を初めて知った気分だわ」


「このままうしろちゃんのライブステージを聞いていたいんだわんだけど」


「あ、ありがとうございます。ちゃんと、上手く歌えた方だと思うので、そう言ってもらえて、嬉しいです」


 うしろ自身も、緊張した状態からの解放感から、幾分興奮した様子で応える。


 そんなうしろに対し、りーやもたかぶり、もだえそうになるのをこらえながら、インタビュアーに徹してたずねていく。


「いや、本当に歌唱力お化けみたいなんだけど、何か特別なこととかやってたりしてるの?」


 そんなりーやの質問に、うしろはやんわりと謙遜けんそんしながらも答えた。


「いえ、特別なこととかではなくて……ただ、ボイスレッスンの方を事務所の方で受けさせてもらっているので、それで結構歌えているのだと思います」


「へぇ~、そうなんだ……ウチも会社の方に頼んでやらせてもらうかな?」


「あれ? でも『ニアサイド』さんてライブもやってるわんじゃない? ボイスレッスンとかやってないわんか?」


「ん? あぁ、ライブの前とかに集まってやらせてもらったりはあるんだけど、ウチはその時に集中してやる感じだからね。普段は全然なのよ」


「なるほど。確かに鬼みたいな人数いるし、全員やってたら相当掛かるはずだものわんね」


「それはそうなんだけど……すずめちゃん、ここでお金の話はしないの、うしろちゃんが引いちゃうから」


「大丈夫わん。もう下がるだけの印象は残ってないわん」


「おい、どういうことだよ!」


「ほら、そういうとこだわん。うしろちゃん、こういう風にはなっちゃダメわんよ」


 急に話を振られ、うしろは驚き、動揺しながらもなんとかうなずいてみせる。


「――えっ? あっ、はい」


「うしろちゃん⁉ いや、間違ってはないけど、もうちょっと私をフォローしてくれてもいいんだけど?」


「あっ、そろそろ時間だわんね。最後にうしろちゃんの歌も聞けたし、すずめとしては大満足だったけど、みんなどうだったわん?」


『最後までうしろちゃんで安心した』


『うしろちゃんの歌が聞けて満足』


『りーやが猫被り切れなくて笑った』


 勝手に進行をしていくすずめと、それに答えていく視聴者。


 そこへ、放送主のりーやが怒涛どとうの勢いで割り込んでくる。


「ちょっと、私の放送だから勝手に仕切らないでよ! って、あっ、もう時間がない。みんな、もう一度うしろちゃんに来てほしかったら高評価つけてよ、絶対だからね!」


 放送終了の間際まぎわ、引きずられていく問題児の吐き捨てるようなりーやの言葉が響く。


 そして、その反応を確認する時間もなく、りーやの放送はシャッターが下りるように終了した。


「お疲れ様でした」


「お疲れ様だわ~ん」


「お疲れ様でした。今日はわざわざ来てもらって、ありがとうございました」


 配信が切れたことを確認した後、バーチャルアイドル3人は互いに感想を述べていく。


「今日は楽しかったです、りーやさんもすずめさんも、どうもありがとうございました。また呼んでいただけると嬉しいです」


「こちらこそ、ありがとうだわん。また一緒にお話しようね」


「今日は本当に来てくれてありがとうね。うしろちゃんも最初に比べて全然話せてたようだったし、また今度コラボしましょう」


「はい、是非」


「その時はウチも交ぜて欲しいわん」


「オッケー、オッケー。来月辺りまた考えてるから、近くなったらお互い予定を調整しましょう?」


「はい、連絡待ってますね」


「わかったわん。今日は本当に楽しかったよ。おつかれ~」


 その言葉を最後に、3人の通話も切れる。


 そしてSNS上でも、彼女たち3人のコラボ放送が話題に上がり、少しずつではあるが、うしろの知名度は確実に広がっていくのであった。

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