第52話 歌う『うしろ』

 りーやとすずめが主導し、そこにうしろが追従ついじゅうする形で、三者のコラボ配信は続いていた。


 そして、45分が経過し、配信の終わりが見えてきた頃。


 ほぼノンストップで走り続けてきた会話のやり取りも、当初のかしましさは鳴りをひそめ、配信内にもまったりとした雰囲気が漂い始めていた。


「ふぅ……なんだかドッと疲れたわね」


 一息つきながら放ったりーやの言葉に、すずめも同意する。


「かれこれ30分以上しゃべりっぱなしだったものわんねぇ」


 互いに笑い合う二人。


 そして、彼女たちほどではないにしろ、うしろもその温度感に身を預け、感慨かんがいふけっていた。


 そんな中、不意にりーやが声を上げる。


「そういえば、うしろちゃんて歌をメインで活動してるんでしょ?」


「えっ? はい、そうですけど……」


 何を意図しての質問なのかわからず、うしろは戸惑いの表情を浮かべつつも、素直に答えた。


 するとりーやは持ち前の図々しさを遺憾いかんなく発揮し、うしろへと提案をする。


「じゃあさ、アカペラでいいからさ、何か歌ってよ~」


「えっ?」


 予想だにしなかった提案に、うしろは思わず声を上げる。


 しかし、すでに酔いが回っているりーやは、そんなうしろの様子を気にすることもなく、同じ要望を繰り返した。


「だから、歌って欲しいのよ。私、こう見えてうしろちゃんの歌ってる動画結構見てるんだから」


「それは、ありがとう……ございます」


 これまで、視聴者からも歌のリクエストされたことはあったが、それを認めると際限がなくなるとのことから、うしろはすべて断ってきた。


「ん? もしかして今はのどを傷めてるから無理だったりするわん?」


 煮え切らない様子のうしろに、すずめも心配してか声をかける。


「いえ、そういうわけではないですけど……生放送で歌ったことはなくて――」


 そんなうしろの告白に、りーやはすぐさま反応をする。


「やった。ほら、みんな私に感謝しなさいよ。うしろちゃんの初めてをこの枠でもらえちゃったんだからね」


『言い方が汚い』


『生歌とかラッキーすぎる』


『今日だけはりーやに感謝したい』


 息を荒げるりーやと、それを受けて盛り上がる視聴者のコメント。


 そこには、うしろが辞退できるような空気は微塵みじんも残ってはいなかった。


「うしろちゃん、大丈夫わん? 無理そうなら今日の下着の色でも言えば、ここの視聴者は許してくれるわんよ?」


「いや、それも言えないですから。それより、すずめちゃんでも、そういうこと言うんですね」


 即座に放たれたうしろの言葉であったが、対してすずめは意外そうに答えた。


「あっ、うん……よそでは割とこんな感じでやってるわんよ。でもなんか、うしろちゃんは本当に純粋培養というか、箱入り娘というか……この業界にれてない感じがして、妙に守ってあげたくなるわんね」


「それね、わかる。お姉さんも、うしろちゃんのこと、お家で囲って養ってあげたいと思うもの」


「りーやのそれは、もう監禁だから、絶対着いていったらダメなやつわん」


「あっ、ひど――」


 場を繋いでいるだけなのか、それとも純粋にしたで殴り合いをしているだけなのか、うしろには判断がつかなかった。


 だが、それで生じた時間で、うしろは一人心の準備を整えていく。


 トークをするということで、発声の準備は事前に軽く行っていた。


 歌の練習は日ごろから行っているので、歌詞と音程の心配も不要だ。


 あと必要なのは、期待に応えられるかどうかという緊張と、後ろめたさを払拭ふっしょくするだけの勇気だけだった。


 そうしている間にも時間は流れ、配信予定時間もどんどん短くなっていく。


 歌うのであれば、もう猶予ゆうよはない状況であった。


 一方、画面の向こう側――パソコンのディスプレイの前で、そらは人知れず喉元のどもとに手を添え、目を閉じて精神を集中させる。


 そして、いよいよ時間が迫り、視聴者からも歌わないのかというざわつきが出てきた時、意を決してうしろは口を開いた。


「はい、準備できましたので、アカペラですけど歌わせてもらいます」


「本当⁉ ほら、みんな静かに、清聴せいちょう、静聴よ」


「一番うるさいのはりーやだわん」


「いいのよ、私はこれからすぐ黙るから!」


 直前まで行われる、賑やかなやり取り。


 その様子を微笑ましく思いながら、うしろは気持ちばかり意識を上向かせ――大きく息を吸った。

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